ロスト・ボディ2015年01月05日 00:14

 スペイン映画「ロスト・ボディ」をBDで鑑賞

 死体安置所から死体が紛失する所から始まるサスペンス。ヒッチコックを彷彿とさせるところもあり、伏線もきっちりと張り巡らせてある。

 かなり強引な展開もあるが、そこはパワーで押し切って。

 そこそこの拾い物作品だった。

オーディオルームの周波数特性2015年01月15日 22:08

オーディオルームと言っても、普通の洋室(8畳)なのだが、スマホにアナライザソフトがあるので、試しに使って周波数特性を測ってみた。

使ったアプリはフリーのFrequenSee HD 1.0。
手持ちのオーディオテクニカルCDのピンクノイズを再生して測定してみた。
測定ポジションはいつものリスニングポイント、手持ちで測定し、グラフが安定したところでタップして静止画にして、スクリーンショットで記録した。ボリュームも通常の再生ボリュームである。

まずは静音時の特性
静音時特性
9kHzあたりのピークはどの特性にも現れるので、スマホの問題だろうと思われる。10kHz以上がスパッと切れるのも、スマホのスペック状の限界のようだ。まあ、神経質に測定できる機材ではないのだから、おおよその感覚がわかればよしとする。まあまあ静かな方らしい。

次はアンプ起動直後の特性。ちなみに、スピーカーはB&Wの803である。
起動時
まあまあフラット。雑然とした部屋なので、適当に定在波も暴れているのかも知れない。立ち上がりの寝起きが良くない6C33Cシングルアンプだが、もしかしたらそのへんは300〜1kHzあたりの暴れが関係しているのかも知れない。ともかく、アンプが目覚める30分後まで、適当に音楽を流してみる。

そして、音楽再生開始から30分後、そろそろアンプが目覚めた頃の特性。
30分後
100Hz〜200Hzが持ち上がってフラット化している。低域が立ち上がるのに時間がかかっているのが、寝起きの悪さの原因らしい。250Hz〜1kHzの暴れは残っているが、出力レベルは若干底上げされている模様。9kHzあたりのピークやら、10kHz以上の急峻なレベルダウンは、スマホの限界らしいので、このグラフで頭を抱えても仕方がなさそうだ。

と、こんな感じで、フリーアプリとスマホで、部屋の周波数特性や再生時の周波数特性の傾向があらかた把握できることがわかった。




「つばさ」2015年01月24日 17:30

「つばさ」を鑑賞。

1927年制作のサイレント映画だが、なかなか良かった。
血気にはやる第一次大戦中のアメリカの戦闘機パイロットたちの話。

恋の鞘当をする主人公2人、中流階級のジャックと御曹司のデビッドが、恋の鞘当ての延長でボクシングでやりあってから意気投合、親友になるというパターンはバディものの基本。また、ドイツ軍(つまり敵軍)の撃墜王、ケラーマン大尉の騎士道精神も、かっこいい。初陣でジャックは撃墜されるがかろうじて英国軍陣内に不時着、デビッドは機銃の故障で戦闘不能だが、それに気づいたケラーマン大尉は彼を見逃して手を振って別れる。現代戦ではありえない、ある意味のどかな空戦模様だ。

また、後半撃墜されたデビッドの情報を、ただ一機でフランス軍の基地に投下して去っていくのもケラーマン大尉。敵ながらあっぱれというほかない。

また、ジャックの恋についての鈍感さ、純情さは現代の少年漫画のお約束のような感じだ。そういう直情径行的なジャックが、最後に大きな試練に晒されることとなる。

ラストは反戦に対する思いも。制作年代を考えると、空撮の素晴らしさも認めなければならないだろう。実際に従軍したパイロットたちのアドヴァイスや協力もあったらしい。

140分(サイレント映画ではセリフ字幕があるので、長時間の作品が多いようだ)だが、中だるみすることなく楽しめた。

「海の底」鑑賞2015年01月26日 06:39

1931年制作の「海の底」を鑑賞。

監督は「駅馬車」で有名なジョン・フォード。しかし、これは西部劇ではなく、Uボートとアメリカ海軍との海戦もの。それも第一次大戦末期(製作年から考えても第二次大戦ではありえない)。

偽装船として仕立てられた帆船(機銃を隠し装備されている)と潜水艦がペアになってUボートをおびき出し、帆船がUボートを引きつける間に潜水艦がUボートを攻撃するという計画。ところが、補給地に選んだカナリア諸島で、標的にしているUボートの補給部隊と鉢合わせする。

アメリカ側もそれは想定していて、身分を明かすな、女に近づくなと命令した上で船員を上陸させる。しかし、「女に近づくな」など、船員たちにできるわけもなく(しないほうが逆に軍人と疑われる)、おまけに身分もダダ漏れ状態。若い新任将校はスパイの女歌手に一服盛られて身分を割られ、挙句の果てにUボートに帰る補給はしけに乗り込んでサボタージュするのはいいが、敵に撃たれ、死ぬ間際に身分を自分で明かしてしまう始末。隠密行動が必要な割に、相当ずさんなのには違和感を感じた。

ラストの海戦は無難な仕上がりのように思えたが、どちらかといえば前半ツッコミどころ満載といった感じで、ちぐはぐな作品と思う。同じ監督の海軍ものなら「ミスタア・ロバーツ」のほうがより洗練されていると感じた。

「嘆きの天使」鑑賞2015年01月27日 07:25

「嘆きの天使」を鑑賞

1930年制作、有名な作品の中でいくつか、有名なので名前はよく知っているが、鑑賞するご縁がないという作品があるが、これはその一つ。

1930年という時代を考えると、ローラローラ(ディートリッヒ)のお色気が当時の男に与えた刺激は、現代人の我々が感じるものの数倍(数十倍? 数百倍?)はあっただろう。そこは現代の鑑賞者として割り引いて考えるべきだ。それでも現代人にとって陳腐化するわけではない魅力があるのは事実。

ギムナジウムの悪ガキどもがまた、今でもいそうなクソガキっぷり。ヘタレなやつ、生意気なやつ、徒党を組んでいきがって、妙なところでクソ真面目。最近の若いやつはなんて言葉は虚しい。80年以上前のドイツのギムナジウムの悪ガキも、現代の悪ガキも、大して変わらない。

ラート教授(ヤニングス)のだらしなさ、不器用さ、のろまさ、頑固さ。学生にそっぽを向かれ、いい年をして独身なのがよくわかる。その人間的な「隙」に、それまで触れることのなかった「女」の魅力が飛び込んだ時、彼は堕ちてしまう。あとは頑固さと不器用さで転落の一途へ。シェークスピアを教えているくせに、彼は何も学んでいないかのようだ。論語読みの論語知らずとでも言おうか。

堕ちっぷり、そして末路。幸せなボケっぷりから狂気と妄執へと。鬼気迫るというのはこういうことか。最後の最後まで、ラート教授は未熟なだだっ子のままだ。そこが彼の悲劇といえる。

ファム・ファタール映画と呼ばれることもある作品のようだが、むしろ未熟な男の自業自得のような印象が残った。