池澤夏樹個人編集 世界文学全集 短編コレクションII読了2016年07月27日 22:15

 池澤夏樹個人編集 世界文学全集 短編コレクションIIを読了。

 「おしゃべりな家の精」:すべて荒れ果てて、住む人もない家で虫歯に苦しむ家の精。そこを訪れたのは…短いが寂しい、良い話だ。過去に何が会ったのか、全てはセピア色のもやの彼方。そのもやもやぶりがいい。

 「リゲーア」:第二次対戦前夜のイタリア、二股かけていて、二人の女にいっぺんにふられた男がポー川のほとりのカフェで出会った老人、その老人には秘密があった…たしかに、老人のような出会いのあとでは、ファシズムに傾くイタリアは幻滅の対象かもしれない。

 「ギンブルのてんねん」:どうしようもないお人好しの善人。妻に欺かれ、街中の人に欺かれ、バカにされ、それでもまっすぐに信仰を保つ。その晩年は…
正直者は決してバカを見ない。たとえひどい目に会おうとも、長い目で見れば必ず救われる。ホッとする話だ。

 「トロイの馬」:酒癖のわるそうな、うっとおしい酒場の客。明らかに空気が読めていない。だが、それも仕方ないかもしれない。なにせその客、馬なのだから。

 「ねずみ」:物騒で、スケールが大きくて破天荒な男、フリガン。無頼の徒としてならしたこの男の唯一の弱点は…

 「鯨」:浜辺に乗り上げ、腐敗していくに任されている鯨…それを見に行く若い二人の男女…あの鯨は、一体何だったんだろう。それは読者に任されている。

 「自殺」:夫と別れて暮らす女性と深い仲になった男、だが、次第に男は女性を重荷に感じるようになり、そして悲劇が…

 「X町での一夜」:移動中、ひょんなことからX町の駅に降りた兵士。そこで鉄道保線の仕事をしている若い女と出会い、一夜を共にし、そして翌朝、70年後の人々の話をして、女と別れ、去っていく。その先にあるのは戦場。70年後の人々とは、われわれのことだ。

 「あずまや」:飛行機事故で美人ヴァイオリニストが死んだ。その彼女が若い頃を知る地質学者が墜落現場に赴く。そして回想。チェーホフの「初恋」を連想する。

 「犬」:聖書の教えを説く、黒い不気味な犬を連れたみすぼらしい男。ある日その男に家に送ってほしいと頼まれた主人公は、そこで男の娘と出会い、結ばれる。やがて犬は娘の父親を食い殺して逃げ出し、娘の姿も消え…そして。

 「同時に」:仕事に嫌気が差した同時通訳の女性と、外交官の男の逃避行。多言語、意識、人生と歴史、そういったものが同時に展開していくめまぐるしさと虚しさ。

 「ローズは泣いた」:ローズの家庭教師は枯れた老人。その妻は夫がローズの家庭教師として外出している間に不倫しており、夫もそのことを知っている。ひょんな事でその事情を知ったローズだが、次第に家庭教師の心境が理解できるようになると…大人になるということの辛さを前に、泣くしかないローズ。

 「略奪結婚、あるいはエンドゥール人の謎」:なぜか、人々から嫌われ、排斥されるエンドゥール人。友人の略奪婚相手の女と相思相愛になった男が、友人から女を奪う計略に使ったのが、女がエンドゥール人の血を引いているという嘘だった。ところが…そして話は50年後、悪乗りのように続く法螺話。なんとも憎めない。

 「希望の海、復讐の帆」:バラードの連作「ヴァーミリオン・サンズ」の1編。セレブの集まる砂漠のリゾート地、ヴァーミリオン・サンズで出会った女流画家と主人公。女流画家の過去と、謎の男の出現。キャンバスの前に立つだけで、あとは勝手に描かれる肖像画が不気味に変化していく様は「ドリアン・グレイの肖像」を連想させられる。

 「そり返った断崖」:詩人を待つある夫人の物語。だが、虚実入り混じった人物が絡み合い、メタ・フィクションの形となっている。夫人の期待は儚く消え、そして現在へと続いている。大河ドラマを見たような気分になる。

 「芝居小屋」:アフリカに一人ひっそりと暮らすイギリス人の老人。主人公は老人に招かれて夕食へ…そして老人に芝居小屋に案内され、そこで…しみじみとした味わいのある作品。

 「無料のラジオ」:一人の長老が、一人の青年の姿を追いながら、青年の儚い没落を語る。無料のラジオこそが青年の希望であったのだが…青年の手紙は、果たして青年の強がりだったのだろうか、それとも、老人が手紙の真実を受け入れられないだけなのだろうか。

 「日の暮れた村」:男がかつて自分が住んでいた町に、放浪の末帰ってくる。様変わりした町…という表現は適切ではない。変わり果てたと言ったほうが適切だ。一体何が起きたのか、それは読者が推定していくしかない。それを許してしまうほど、確固たる世界観に立脚した一夜の出来事。

 「ランサローテ」:日々の暮らしに倦んだ男が訪れるリゾート。そこで出会うのは、カルトにはまって妻子を失い、鬱になった刑事、バイセクシャルの女性カップル。底辺に潜むのはセックス。登場する人々は皆、根無し草で、刹那の快楽に流され、心が満たされることもなく、問題に正面から向き合うこともない。安易なカタルシスなどどこにもない世界。

 足掛け3年、やっと池澤夏樹個人編集世界文学全集、全30巻読了!