教育についての古くて新しい話2017年08月01日 23:54

 青空文庫を何気なしに眺めていたら、今から100年ほど前の理科教育についての短文が見つかった。なかなか興味深い。

 まず、物事を鵜呑みにさせるような教育はだめ。自分で考え、自分で疑うことが大切。義務教育は社会的ルールを身に付けるのが再優先で、学業はそこそこでよい。義務教育の目的は、社会的ルールと、自分たちで考え、自分たちで疑い、自分たちで仮説を立て、自分たちで検証する能力の育成であって、教師はアドバイザーで十分。当然授業内容も量的に少なくて構わない。量的な問題は、高校で一気に詰め込みすればよい。詰め込む必要性は義務教育で自分たち自身の活動を通じて身にしみてわかっているからだ。

 どこかで聞いたような話だ。ただ、こちらは100年前。

 おまけに、このような教育をやっても、そんな子どもたちを受け入れる能力がないのなら、その社会そのものがダメなのだとまで言い切っている。

 100年後の我々の社会は、一体どうなのだろうか。

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