「我が家の楽園」を観る2018年06月10日 20:33

 「我が家の楽園」を観る。
 M&Aで独占企業を作ろうとする銀行家、その計画のための用地買収が、一件の家の買い取りで滞っている。その家の主は、かつて実業界で活躍したが、30年前に突然「この仕事は楽しくない」とエレベーターで悟り、そのまま引退して気ままな暮らしをしている老人。そのまわりには志を同じくするもの、3世代の家族。気ままな暮らしと言いながら、「アメリカ魂」と称する博愛主義を貫く理想家の老人の孫娘と、資本主義の権化のような銀行家の息子は恋仲になって…という具合に、現代コメディ、あるいは吉本新喜劇のような設定。

 銀行家の一人息子がこれまたなんとも草食系のヘタレ男。おまけに甘やかされた世間知らずのボンボン。彼女のほうがよほどしっかりものだ。老人は来るものは拒まずで、多くの友人に囲まれている。その老人のセリフがなかなか辛辣だ。曰く「困った時ほど、主義を振りかざす奴が出てくる。主義なんて当てにしてはいけない。」曰く「リンカーンは『敵であっても自愛を持って接せよ』と言ったが、近頃は『邪魔者は殺せ』と言っている。」銀行家のあまりの不遜な言葉に激怒し、「あんたの末路には孤独な最期しかない。」と罵倒した直後、落ち込んで「悪いことを言ってしまった。」と、ポケットから孫娘からプレゼントされた新品のハーモニカを取り出して銀行家にお詫びにあげてしまう。人にやさしく、自分に厳しい、アメリカの理想像というところだろう。

 アメリカ映画はこういった、一見ナイーブに見える理想を高らかとうたいあげることがよくある。たとえナイーブでも正論はきちんと主張する、そういったフェアなところは、アメリカの最大の長所であり、それを支えるのはつねに名もない民衆だという設定もおなじみだ。スパイダーマンに声援を送るのも民集。ゴーストバスターズを応援するのも民集。民衆に対する絶対的信頼が、アメリカの健全さの最後の防壁なのかもしれない。

 ちなみに、ヘタレ息子を演じたのは、名優ジェームズ・スチュワートの若かりし頃。そう、この作品、1938年制作である。80年経って、アメリカはこの作品の風刺から逃れることができているだろうか。

 そしてもちろん、日本は…

 この映画のような大団円が、現実では「見果てぬ夢」と笑われないことを切に願いたい。