「クロックワーク・ロケット」読了2019年09月02日 21:57

 グレッグ・イーガンの「クロックワーク・ロケット」を読了。
√(時間^2−(距離/光速)^2) というのが、我々の宇宙での主観時間経過を表す式。この−が+に、つまり√(時間^2+(距離/光速)^2) が成立する世界が、この作品の世界だ。我々の世界では、速度が早まれば早まるほど主観時間は遅くなる計算だが、「クロックワーク・ロケット」の世界では、速度が早まれば早まるほど、主観時間は早く進むことになる。これにプラスして、この世界には「電子」がない。従って電気に類するテクノロジーがなく、コンピュータやモーターなどといったものもない。ロケットも同様で、文字通り化学と機械工学のみで作り上がられた「クロックワーク(時計仕掛け、機械仕掛け)」ということになる。

 登場するのは当然エイリアン。外見はヒューマノイド状らしいが、もともとは植物由来の生物らしい。手足を自分の意志で増やしたり、収納したりできるし、目は前後に2ペアある。服を着る習慣はなく、訓練によって腹部に記号や文字を浮かべることができる。前近代的男尊女卑社会に見えるが、子育ては男の仕事。この種族の生殖のあり方がその社会構造に大きく影響を与えている。しかし、思考の形態や社会的視点は驚くほど人間と同じになっている。そうしないと感情移入できないのでやむを得ないが、ここは少々違和感を感じた。もっと異質であっても良いのではないか。

 母星に迫る危機を回避するため、とんでもないスケールのロケットを打ち上げ、その速度で「逆ウラシマ効果」を狙い、ロケットの中で時間、つまり世代を増大させることで、危機を回避するテクノロジーを手に入れようと奮闘するのがこの話。主人公の女性エイリアンの一代記の形で進むストーリーはシンプルだが、異世界のハードな科学描写はなかなか歯ごたえがある。打ち上げ後も多事多難。次々と問題が起こってくる。

 「直交三部作」の第一作であり、続編2作も後に続く。「白熱光」以上のボリュームとハードさで引っ張る力技はさすがだ。