静かな弥生2020年03月01日 21:02

 弥生3月が始まり、週末というのに、この暖冬とは裏腹に、寒々とした街の佇まい。もちろん新型コロナウィルス対策のためだ。

 店の棚から保存のきく食料がなくなり、そんなに大量に使うのかどうか疑問だが、トイレットペーパーもなくなり、罹患もしていない上に、外出しないならさほど必要もないはずのマスクは品薄になって久しい。

 一足遅い冬籠りの様相だ。家庭用ゲーム機も売り切れ続出らしい。レンタルビデオは今や配信主流なので、外出いらずか。

 積ん読の本を読むのもいいかもしれない。ネット上に飛び交う明らかな流言や情報操作に振り回されずにすむ。知見も広がって、妙な情報に惑わされるようなことが減るかもしれない。

 今まで当たり前だと思っていたことが、いかにもろく崩れ去るものかを、身をもって学ぶのにもいい。世の中全てに感謝の気持ちが生まれることも多いだろう。自分もそうありたい。

全国休校2020年03月02日 22:44

 全国で休校の流れだ。いろいろと反対や抵抗もあるらしい。

 要は集団でまとまって狭い場所に詰め込むことが問題なのであって、たまたま学校はその条件に該当しているということだろう。検疫の立場から言えば、そんな物騒な環境の筆頭が学校ということだ。先進諸国の中で一番学級定員が多いという貧しい教育施策が呼んだ結果でもある。

 当然、学校より家庭のほうが人間の密度は低いのだから、休校は伝染病対策の選択肢としてこの国では有効だ。問題はその受け皿としての家庭と、その家庭の一員である保護者が、今回のような状況下で子供の保護監督を十分にできないという点にある。現代の我々の社会で、子供がいることが働き収入を得ることに関して負担となって社会であることを、今回の騒動は明るみにしたと言っていい。家庭に子供がいると、労働や収入に問題が起きるというのだから、少子化もむべなるかな。

 結局学童保育などに頼ることになるが、それは「集団でまとまって狭い場所に詰め込む」ことに繋がり、せっかくの休校も意味を失ってしまう。

 いろいろなところから反対論が噴き出す休校依頼だ。それはこれまでの政権の状況から来る不信感や怒りの反映という面も無視できない。しかし事の本質である「集団でまとまって狭い場所に詰め込む」状態から子供たちを開放すること自体は間違いではない。世の中全部がそのことをきちんと理解する必要はある。トイレットペーパーがなくなるなどという馬鹿げたデマを信用するより先に。

気になる歌2020年03月04日 23:12

 もう30年も前の歌の歌詞が、最近特に気になる。

 「弱い者たちが夕暮れ
  さらに弱いものをたたく」

 黄昏の中、弱いものがさらに弱いものを責め立てる。貧しくゆとりのない弱者が、さらに弱者を見つけ出し、徹底的に攻撃する。

 名前はいろいろと変わるが、このさもしい人の性は変わっていない。自戒を込めて。

「Sound of the Summer Running」を聴く2020年03月06日 22:22

 マーク・ジョンソンの「Sound of the Summer Running」を聴く。

 ベーシストのマーク・ジョンソンがリーダーのアルバム。パット・メセニーのギターに惹かれて聴いてみた。

 心地よい音の世界にたっぷり浸れる。「Summer Running」はまさに夏のまだ涼しい朝、真っ青な青空の下で風を受けてドライブなんて雰囲気にピッタリ。ジャケット写真もそのイメージに近い。

 ブラッドベリの作品にちなんだタイトルだが、どうやら出店は「たんぽぽのお酒」のようだ。実はブラッドベリ、あまり得意ではない。「万華鏡」(009のヨミ編ラストはこの短編のオマージュ)や「火星年代記」あたりはいいのだが、ファンタジー寄りの作品は敬遠している。これを機に、このアルバムを聞きながら呼んでみるのもいいかもしれない…もっとも他の短編集で呼んだことがあるのかもしれないが…ブラッドベリの短編には往々にしてそういうことがある。

 ふさぎがちな時、気の重い出勤の日の朝、そっと寄り添って元気をくれる、暗雲を爽やかに吹き流していく、そんな一枚。いかにもブラッドベリ風だ。プレイも肩肘張らず、リラックスした感じでいい。

家事労働2020年03月08日 17:16

 家事労働、この国では主に女性が携わるものだという概念が強い。他国でもそのへんは変わらないのかもしれないが。

 いざやってみると大変だ。生活に休日はないのだから、当然休日なし。細切れの労働が次々とやってきて、なかなか落ち着いて時間を取ることができない。

 調理や掃除など、熟練によってある程度効率化をはかることのできる分野もあるが、物理的に時間を縛られることも少なくない。洗濯などは気候に大きく左右されるし、機械に全て頼れば電気代もばかにならない。

 かねてから、自分の食事を(質や味はともかく)自分で作れないのは生きもの失格と思っているのだが、そのラインだとインスタント食品とコンビニがなくなると生きものの座から凋落する危険性が高いのは家事労働から遠い存在となる。「男子厨房に入らず」とうそぶきながら、料理人は男でなければなどと矛盾だらけの蘊蓄を垂れるような御仁は、まず生きもの失格だろう。

 掃除・洗濯・食事。おそろかにしてはいけない。これが一番重要な労働だ。