「独ソ戦」読了2020年04月29日 22:14

 大木毅著「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」を読了。

 気になっていた本の一つ。2020年の新書大賞を取ったという帯がついていたが、その手の大賞は近年濫造されているのであまり気にしてはいない。さすが老舗の岩波新書だけに、直球勝負力技一本の評価が結果として与えられただけだと思う。

 ファシスト独裁者のヒトラーがソ連に無体に攻め込み、ソ連の国民は窮地に追い込まれながらも団結してそれを打ち破ったというのが、独ソ戦に対する我々のぼんやりしたイメージだが、ポツポツとそんな甘っちょろいものではないこともわかってきた昨今、この本の意義は大きい。

 ドイツに関して、ナチス政権はドイツ人に対する優遇措置の対価として、ユダヤ人排斥、周辺国の侵略と労働力、資源の奪取を行わざるを得なかった。また、政権維持のため優遇されたドイツ人は、その特権を失わないためにもナチス政権を支持せざるを得なかった。国をあげての共犯システムがナチスの侵略を支えていたという視点は、「〇〇ファースト」の思想と通底するように思えてならない。そして、ヒトラーが自殺したあと、旧軍人たちがヒトラーに責任を転嫁しようとした結果としての歴史資料が流布し、歪んだ歴史観が蔓延してしまった。自業自得とは言え、ヒトラーも「死人に口なし」の伝で死後も悪用され、ますます「悪の権化の独裁者」のイメージが増幅されていく。

 一方、スターリンもまた独ソ戦をプロパガンダに利用し、その蔭で粛清や独裁、恐怖政治の土台を作り上げていく。こうして独ソ戦は落とし所のない泥沼の絶滅戦争へと転落し、双方ともに目を覆うほどの残虐行為を行うことになる。

 自国民を優遇するために虚飾に走り、それを支えるために他国と対立し、攻撃的行動に走る。それを正当化する理論が、攻撃をより残虐で非人道的なものにしていく。独ソ戦の基本メカニズムは現代でも、今この瞬間にも、世界中で稼働している。決して過去の遠い国の話などではない。