2021年を振り返って2021年12月30日 20:30

 決していい年とは言えない一年だった、2021年

 思想・言論統制のきな臭さを振りまきながら明けた年だが、所詮人事権を振り回して他人を支配しようとするしか手法のない連中に、人間社会などという仮想現実などとはこれっぽっちも関わりのないウィルスに対抗する術などあるはずもなく、社会は混迷し、政治は少なくとも軌道を変えつつあるように見える。

 円安になれば輸出産業が盛り返して景気が戻るという、楽観的な政策もまた怪しくなってきた。この国は、輸出しようにも、その原材料や燃料、資源、そして食料の半分以上を「輸入」しなくてはならない。おまけにCOVID-19の影響で輸入コストは跳ね上がり、一部成金企業を除いて、ほとんどの国民は給与上昇もないまま生活コストの上昇で経済的に疲弊。人件費をコストカットすることが経営の王道などと、目先のそろばんに振り回され続けた結果、購買力の低下が経済を縮小させ、非正規雇用だよりで将来の購買層への投資を怠った結果、失業と貧困は一気に加速。マイクロソフトに隷属し続け、オープンソースへの参画に及び腰だった結果、IT関連技術者も枯渇。人材育成しようにも、育成者すらいない体たらく。イギリスのように、小学生に対してRaspberry PiやBBCのmicrobitのような安価で高性能の教育用コンピュータを導入するどころか、やたら高額なタブレットやPCでアップルやマイクロソフトやグーグルに隷属し続ける(LinuxもPythonも満足に教えられない)ようでは、先が思いやられる。

 スポーツ界のどうしようもなさも白日のもとにさらされた。金と暴力にどっぷり浸かり、権力ボケした連中がのさばって、末端のスポーツ従事者を搾取、支配している。海外に拠点があるいくつかの種目団体には気骨のあるところがある(特にテニス)が、国内は惨憺たるものだ。某国際運動会に至っては、唾棄すべき茶番としか言いようがない。アウェーの選手の不利な状況とホームの選手の有利さを考えると、脳天気に金メダルが史上最高などと言える神経が信じられない。勝負は時の運というから、選手個人個人の努力と勝敗についてはとやかく言うつもりはないが、彼らはスポーツをしたいという大前提でスポーツに取り組んでいるだけであり(そうでないのなら、強制されたか、仕事かのどちらかであり、スポーツではなく労働だ)、今回のような状況では、見る側が素直に感動できるかどうかは別物だ。選手が「感動を与える」などというのは筋違い。感動は見る側が勝手にするものだ。少なくとも私は感動以前に運動会開催そのものを、某会長の言動を通じて屈辱的行為だと感じてしまったため、結局全く視聴していない。断片的に映像や音声にふれることはあったが、どれも苦々しいものとしてしか受け取れなかった。その後も某大学のスポーツ界絡みの人物の人脈による腐敗など、スポーツ界そのものへの嫌悪が一気に膨れ上がった一年だった。

 COVID-19は社会の歪や腐敗も容赦なくさらけ出した。いいものも悪いものも関係なく、一気に叩き壊した。善人にもゲスにも、平等に襲いかかった。そしてそれはこれからも続く。昨日の成功はもう通用しない。昨日の常識はもう破壊された。2022年はご破産の次の一珠を入れる年だ。願わくは腐りきった過去の残滓ではなく、新しいものを積み重ねていきたい。