2022年の始めに2022年01月01日 20:22

 2022年元旦という、人間が仮想社会で区切りとして使う日が来た。

 世界は相変わらずきな臭い。COVID-19も再び数を増やしている。ことしは「固有地名や名詞を連想させる名称を伝染病に使わない」という配慮を日本のマスコミは守るのだろうか。それともそんな配慮よりわかりやすい、人口に膾炙している、馴染みがあるなどという側面を重視するのだろうか。

 必死になって祝祭ムードを盛り上げようとしている世の中だが、一歩離れて人の姿もまばらな自然の中に身を置けば、そのような喧騒からもリセットされる。何も好き好んで人混みに出ていったり、同調圧力に乗って出かけたりする必要もなかろう。どうせ普段からそんな行動を取りがちなのだから、むしろ元旦ぐらいそこから離れるのも、区切りとしては有効だ。

 お祭り騒ぎばかりが祝祭ではない。静かに過ごすのもまた祝祭。そうでなくてもお祭り騒ぎの中で普段以上に忙しく働く人々もいる。頭が下がる。こんなご時世だ。ライフラインや社会インフラの維持以外の活動を休んでもバチは当たるまい。

 ICTで地域格差をなくすという話も出ていた。地方在住高齢者にどのようにICT機器について「学」んでもらうかを考えるのもいいかもしれない。これはなかなか難問だ。勉強嫌いの子供に授業を受けさせるのより遥かにハードルが高い。

 今年の抱負などと言うものは、ない。昨年同様、すべきことを着実にする、ただそれだけだ。これまで通り、新しくすべきことは出現するだろうし、継続すべきは継続、やめるべきはやめる。年が変わっても、それはかわらない。