「平家物語」(アニメ)を観る2022年03月28日 21:06

 アニメの「平家物語」を観る。話題になっていたが、全11話がすべて配信されたので、一挙にまとめて観る。約240分。

 膨大な叙事詩でもあるオリジナルの平家物語をそのままではとても11話にはおさまるはずがないし、全体も散漫なものになりがちだが、そこに「びわ」という琵琶弾きの少女をオリジナルで設定し、視点キャラクターに据えているのが功を奏している。

 びわはオッドアイの持ち主。右目は青く、右目だけで見ると、見るものの未来が見えてしまう。そんな彼女が平家一門の未来を見てしまい、それを平重盛に告げようと重盛邸に忍び込む。一方、重盛もまたオッドアイの持ち主という設定。彼の左目は明るいブラウン。左目だけで見ると、死者の魂が見えてしまう。それを怖れ、邸中を灯籠で照らす重盛。

 びわと重盛はこの共通点で惹かれ合い、孤児のびわは重盛に引き取られ、重盛一家と共に過ごし、平徳子とも打ち解ける。ここで物語の主軸が重盛一家と徳子に絞られていく。

 いっぽう、びわはおそらく人外の存在のようなもの。重盛の子どもたちは次第に成長し、大人に、夫に、妻に、父に、母に、そして武将に、尼になっていくが、びわはずっと子供の姿のまま。当然びわの持つ琵琶は琵琶法師、そして平曲を暗示するのであって、彼女は平家一門の存在の証を背負う表象として機能する。

 びわの語りは平家一門がこの世にあって生き、死んでいった証であり、その魂の鎮魂の祈りでもある。びわの語りは徳子が壇ノ浦の後助けられ、大原で建礼門院として平家一門の菩提を弔う祈りの日々も背負っている。びわが男の格好をした女児であることは、武将としての平家、その冥福を祈る建礼門院の存在を受け継ぐ者として秀逸な設定だろう。

 語りの視点は時折挿入される、白髪おすべらかしの成長した(そしておそらく視力を失った)びわの琵琶語りで回想モードに切り替わる。、すべてを俯瞰し、すべてを見据え、変えることのできない未来を受け入れ、ただ語るスタンスを際立たせる。

 オリジナルの「平家物語」は、軍記物とは言え、繊細な心理描写や風流、美意識が強く表れている。平家一門も、源氏の武者も、よく笑い、よく泣き、よく戦い、よく苦しむ。そういった部分をこのアニメはよく引き出している。「平家なり太平記には月を見ず」の句の「月」が美しいアニメだ。

 こういうアニメをいきなり、深夜にぶつけてくるのだから、フジテレビも侮りがたい(それ以外の時間帯とはクオリティに差がありすぎる気もするのは私だけか?)。