中国からの電話2023年08月28日 21:41

 各汚染処理水の放出に端を発した中国からの嫌がらせ電話。しかし、このような状況は日本国内でもこれまで枚挙に暇がないほど発生していた。犯罪や濡れ衣、不祥事やリコール問題などが起きるたび、抗議の電話やFAX、手紙を送りつけるのは今に始まったことではない。

 そうやって正義を行っているという自尊心をくすぐられるからだろうか。それとも弱みのある相手を叩くことが正義だと思っているのだろうか。いや、単に怒りの発作に過ぎないのではないかと思う。

 怒りの矛先を弱みを見せたものに対してぶつける。社会的に問題ありと国や世間が認めているのだから、何の責任を感じることもない。「お上」が許したのだから叩き放題。サンドバック状態だ。これがネット上なら「炎上」である。攻撃者は匿名性を隠れ蓑に弱いものを徹底的に叩く。その結果弱いものが想定以上にダメージを受け、取り返しがつかなくなった途端、手のひらを返したように「そんなつもりはなかった」などと言い訳をし、素知らぬ顔をしながら、自分の両親の痛みに右往左往する小心者。時代、国家を問わず、大抵の嫌がらせ電話をする連中はそんなものだろう。

 そんな無責任な小心者になぶり物にされる側はたまったものではない。なぶっている方が自分を正義の行使者だと思っているからたちが悪い。薄っぺらい正義は極悪非道と紙一重だ。

 しかし、そんなに無責任に他人を叩きのめさなければならないほど、小心者は追い詰められているとも言える。猫を噛む窮鼠そのものだ。もっともこの場合、噛んでいるのは恐れている猫ではなく、すり替えられた別の対象。誰が、何をすり替えているのか。世界の歴史を考えれば答えはおのずからわかろうというもの。

 この国でも、お隣でも、弱みのある他人を叩きのめさなければならないほどの不満や抑圧が、無数の無名の小心者(これを大衆と呼ぶ)に加えられているのだろう。叩く側も、叩かれる側も、これでは哀れすぎてたまらない。