自己研鑽2023年08月31日 22:27

 自己研鑽というが、それは仕事についてだけのことではない。仕事についてだけであれば、それは自己研鑽ではなく業務だ。当然受益者である雇用主がそれなりの対価と時間的配慮をすべきであり、それをしないで職員の自己責任というのは、単なる搾取であり、行き過ぎれば虐待だ。

 自己研鑽を装って性的行為を強要するのは、特に芸能の世界では昔からよくある話であり、それが容認されていた時代も過去にはあったが、そんなものが許されるような非道な時代は過ぎ去っている。いつまでもスケベオヤジ天国など続くはずはない。芸の「肥やし」の臭い匂いがそろそろ社会の鼻についたのだ。

 それよりも、誰も給料を払わず、誰も時間配慮をしないのにしなければならない自己研鑽もたくさんある。時代の変化や情報量の増大、世界観の拡大による言語の変遷。「最近はカタカナばかりでよくわからない。漢字で判るように表現しろ。」などと乱暴極まりないことを豪語する高齢者は定期的に世間に現れるが、カタカナ語でなければ表現しきれない感覚があるから、また、旧来の日本では存在しない概念だからこそカタカナ語でなければ誤解を招く言葉は指数関数的に増加している。自分が「研鑽」をサボっておいて何をか言わんや。

 わからなければ調べて学ぶ。高齢者にもなってそんな単純なことも知らないのでは、高齢者としての敬意の根拠も崩壊しようというものだ。馬齢を重ねていては長幼の序など百害あって一利なしだ。

 若者を「自己研鑽」と称して搾取し、ぐうたらを決め込んであぐらをかき、過去の資産を食いつぶすような中高年が幅を利かせているようでは、国は昏い。