外来種は殺してもいい? ― 2023年09月02日 22:20
外来種は駆除することが基本だ。だが、子供に外来種を殺させるのはいかがなものか。そういう報道を目にして、胸が傷んだ。
アメリカザリガニは外来種だから殺してもいいと、子供が踏み潰す姿があったそうだ。元来小さな子供にはバッタの足をもいだり、カエルに爆竹を加えさせて破裂させたりと、残酷なことをする側面がある。だが、年とともにそれが残酷で許されることではないということ、あらゆるものの命を尊重することを学んでいくことが普通だ。
いきものの命を殺すことを正当化するようなおぞましいことを子供に教えてどうするというのか。外来種駆除はいきものの命を奪うことの重さ、悲しさ、辛さを知ったものだけが行える行為ではないかと思う。外来種も残酷な幼児期を通り過ぎ、命に対する分別のついた年齢層の人間が持ち込んだもの。その責任の重さを自覚しながら駆除するからこそ、自ずと無益な殺生への制限も生まれてこようというものだ。
自分以外の生命を、小理屈を根拠に平然と、何の痛みも感じずに奪うようなことを子供に教えてはならない。そんな子供は必ず小理屈のもとに他国民を、自国民を、殺す。命に貴賤も軽重もない。アメリカザリガニの延長線上に人間も存在する。
秋の蚊は殺さず、食料とした動物を供養し、命を奪う生業を悲嘆し、涙を流し、仏に救いを求めた我々の祖先の歴史を、色眼鏡なしにもっと知るべきだし、知ってほしい。古典や文学は命の重さを身にしみて知るために不可欠だ。受験などというしみったれた損得勘定でどうこう言うべきものでは絶対にない。
行き過ぎた効率化は人をどん底の貧困に叩き落とし、そして殺す。
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