「仕立て屋の恋」を観る2023年08月30日 21:13

 「仕立て屋の恋」を観る。1989年のフランス映画。監督はパトリス・ルコント。

 ジョルジュ・シムノンと言えば、メグレ警部(目暮警部ではない!)の生みの親として有名だが、この作品はそのシムノンが原作。メグレ警部は登場しないが、ミステリ風の作品となっている。

 22歳の若い女性が殺害されたところから物語は始まる。容疑者の一人が変わり者で偏屈な中年の仕立て屋。かつて猥褻罪で検挙されたことがあり、警察がマークする。その仕立て屋イールは、実は向かいの部屋の若い女性を覗くのを楽しみにしていた。

 ヒッチコックの「裏窓」を彷彿とさせるが、どちらかと言えば健康的(?)なイメージのヒチコックに比べ、こちらの方は淫靡とも哀切ともつかないカタルシスのなさ。覗かれている女性アリスは、偶然稲光が光ったことで向かいの部屋(電気も付けず暗いので、外からは覗いているイールが普通は見えない)のイールが覗いていることに気づく。ところが彼女はイールに近づいていく…

 覗かれることに快感を感じているのか、それとも他に目的があるのか。はたまたその療法なのか。物語はこの二人の距離を軸に展開していく。二人の距離が超えてはならない境界を超えたとき、物語は大きく皮肉に展開していく。

 イールの名前や風貌など、ヨーロッパ人ならピンとくる点がある。我々の目から見たらなぜイールはあんなに周囲に嫌われ、子供にまでいじめられるのか不思議だが、裏には当時の民族差別の問題がさり気なく散りばめられている。そんな鬱屈したイールが純愛に目覚めたとしても、やはり悲劇的な結末しかないのだろうか。アリスとイールは視線を合わせながら、その間には窓があり、決して触れ合うことはない。その境界が失われるのがなぜか、それがわかるまでは物語に突いていく必要がある。そういうひっぱりについていく心のゆとりがないと、こういういい作品を楽しむというのは難しい。


コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://crowfield.asablo.jp/blog/2023/08/30/9613796/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。