「ロックインー統合捜査ー」読了 ― 2020年04月23日 22:50
ジョン・スコルジーの「ロックインー統合捜査ー」を読了。
伝染病がパンデミックを起こし、その原因も治療法もわからないまま、多くの犠牲者が出ている近未来。現在の状況を彷彿とさせる設定だが、この作品の伝染病は「ヘイデン症候群」と呼ばれるもので、髄膜炎を発症し、その後脳構造が変化し、肉体が動かなくなるものの、精神の機能は維持されているというもの。この状態の患者を「ロックイン」と呼んでいるという設定。罹患しても「ロックイン」しないまま恢復する患者も少数存在し、その患者は他人の意識を肉体の中に受け入れる構造へと脳が変化している。この脳に外科的にニューロンネットワークを移植し、「ロックイン」患者の精神をリンクさせる技術が確立している。この場合、肉体を貸し出す存在が「統合者」と呼ばれている。こうして「ロックイン」した「ヘイデン」患者は外界と接点を持つ。
また「ヘイデン」患者はコンピュータネットワーク上で精神活動を行うことができるインフラが作られ、その技術の応用として「スリーブ」と呼ばれる、のっぺらぼうのロボットを肉体代わりに活動することもできる。政府はこの疾病の犠牲者に大統領夫人も罹患したことから、その名を取って「ヘイデン症候群」と名付け、強力なバックアップで彼らの精神活動をサポートするインフラを作り上げた。
しかしそれを「過保護」と糾弾する勢力もあり、とうとうこれらのインフラを国の所轄から切り離す法案が成立し、施行が目前となったある日、事件が起こる。
主人公は「ヘイデン」患者で、かつてスポーツ界で名を成し、引退後は実業界で押しも押されぬ成功をおさめた父親の一人息子。子供の頃から有名人で、父親を尊敬し、関係は良好だが独り立ちの意志もあって、FBIの捜査官になったばかりの新米「富豪」刑事。着任当日から相棒の女性刑事とともに「統合者」に絡む不可解な殺人事件に巻き込まれていく。
設定はシリアスで重いのだが、「ヘイデン」患者たちはどこかいきいきとして明るく、ユーモアたっぷりで、いかにも笑いを狙ったような媚びのかけらもないのに、その言動にどことなくおかしみを感じてしまう。テンポよく進むストーリーと、ミステリとしての完成度の高さ、トリックと緊密に絡み合ったテクノロジーの設定など、エンターテインメントとして申し分ない仕上がり。なんと言ってもあの「レッドスーツ」のスコルジーだ。ドタバタご都合主義ギャグを感動作にきっちり落とし込む辣腕ぶりは今回も健在。
本作では語られていないネタも残されているが、どうやら続編の予定がありそう。もし発表されるならそれも楽しみだ。「老人と宇宙」シリーズも気になるスコルジーだが、そっちに手が伸ばせるのはいつのことやら…
伝染病がパンデミックを起こし、その原因も治療法もわからないまま、多くの犠牲者が出ている近未来。現在の状況を彷彿とさせる設定だが、この作品の伝染病は「ヘイデン症候群」と呼ばれるもので、髄膜炎を発症し、その後脳構造が変化し、肉体が動かなくなるものの、精神の機能は維持されているというもの。この状態の患者を「ロックイン」と呼んでいるという設定。罹患しても「ロックイン」しないまま恢復する患者も少数存在し、その患者は他人の意識を肉体の中に受け入れる構造へと脳が変化している。この脳に外科的にニューロンネットワークを移植し、「ロックイン」患者の精神をリンクさせる技術が確立している。この場合、肉体を貸し出す存在が「統合者」と呼ばれている。こうして「ロックイン」した「ヘイデン」患者は外界と接点を持つ。
また「ヘイデン」患者はコンピュータネットワーク上で精神活動を行うことができるインフラが作られ、その技術の応用として「スリーブ」と呼ばれる、のっぺらぼうのロボットを肉体代わりに活動することもできる。政府はこの疾病の犠牲者に大統領夫人も罹患したことから、その名を取って「ヘイデン症候群」と名付け、強力なバックアップで彼らの精神活動をサポートするインフラを作り上げた。
しかしそれを「過保護」と糾弾する勢力もあり、とうとうこれらのインフラを国の所轄から切り離す法案が成立し、施行が目前となったある日、事件が起こる。
主人公は「ヘイデン」患者で、かつてスポーツ界で名を成し、引退後は実業界で押しも押されぬ成功をおさめた父親の一人息子。子供の頃から有名人で、父親を尊敬し、関係は良好だが独り立ちの意志もあって、FBIの捜査官になったばかりの新米「富豪」刑事。着任当日から相棒の女性刑事とともに「統合者」に絡む不可解な殺人事件に巻き込まれていく。
設定はシリアスで重いのだが、「ヘイデン」患者たちはどこかいきいきとして明るく、ユーモアたっぷりで、いかにも笑いを狙ったような媚びのかけらもないのに、その言動にどことなくおかしみを感じてしまう。テンポよく進むストーリーと、ミステリとしての完成度の高さ、トリックと緊密に絡み合ったテクノロジーの設定など、エンターテインメントとして申し分ない仕上がり。なんと言ってもあの「レッドスーツ」のスコルジーだ。ドタバタご都合主義ギャグを感動作にきっちり落とし込む辣腕ぶりは今回も健在。
本作では語られていないネタも残されているが、どうやら続編の予定がありそう。もし発表されるならそれも楽しみだ。「老人と宇宙」シリーズも気になるスコルジーだが、そっちに手が伸ばせるのはいつのことやら…
「三体」読了 ― 2020年02月23日 22:45
天気の良い休日だが、昨今の情勢から不要不急の外出は控えたほうが良かろうと、もったいないようだが終日家で過ごすことにする。購入したまま読了していなかった劉慈欣「三体」をやっと読了。面白くないわけでは決してなかったが、急ぎで読み込まなければならない本が途中数冊割り込んだのと、布団の中で睡魔に負けたのとで、読了はのびのびになっていた。
主人公の一人、葉文潔が人類に、社会に失望していく過程は説得力が大きい。文化大革命を肌で感じた作者ならではの部分だろう。このパートだけならSFというより、普通の文学小説としても成立している。こういった部分がしっかりしているからこそ、SFとしての大風呂敷がどっかりと乗っていけるのだろう。
テイストとしてはクラークか小松左京。クラークの「楽園の泉」を彷彿とする仕掛けがラスト近くに登場する。映画「バイオハザード」では別のアイテムで同様のトラップもあった。中国SFを中国全土に認めさせ、SFを文学として認識させた功績は、小松左京の「日本沈没」の受容との類似を感じる。オバマが現実を忘れさせるパワーをもらったというエピソード、英語圏以外の初ヒューゴー賞受賞というのは、ケン・リュウという良き理解者の英訳の貢献が大きい。
ゴリゴリのハードSFではない。確信犯的な「やっちまった」ポイントもある。三体人の描写も人間的過ぎる感がある。だが、エンターテイメントとしては見事。三部作の第一作として、次作への期待が高まる。ボリュームは増していくということだが、一番コンパクトな「三体」は約400ページだが一段組。「ハイペリオン」の上下二段組み400ページ超と比べれば軽いものだ。
次作の一部はすでに「SFマガジン」に掲載されている。今年の発行が今から待ち遠しい。田舎のありふれた書店でも未だに複数冊が店頭に並ぶ本作、待ち望む読者も多いだろう。
主人公の一人、葉文潔が人類に、社会に失望していく過程は説得力が大きい。文化大革命を肌で感じた作者ならではの部分だろう。このパートだけならSFというより、普通の文学小説としても成立している。こういった部分がしっかりしているからこそ、SFとしての大風呂敷がどっかりと乗っていけるのだろう。
テイストとしてはクラークか小松左京。クラークの「楽園の泉」を彷彿とする仕掛けがラスト近くに登場する。映画「バイオハザード」では別のアイテムで同様のトラップもあった。中国SFを中国全土に認めさせ、SFを文学として認識させた功績は、小松左京の「日本沈没」の受容との類似を感じる。オバマが現実を忘れさせるパワーをもらったというエピソード、英語圏以外の初ヒューゴー賞受賞というのは、ケン・リュウという良き理解者の英訳の貢献が大きい。
ゴリゴリのハードSFではない。確信犯的な「やっちまった」ポイントもある。三体人の描写も人間的過ぎる感がある。だが、エンターテイメントとしては見事。三部作の第一作として、次作への期待が高まる。ボリュームは増していくということだが、一番コンパクトな「三体」は約400ページだが一段組。「ハイペリオン」の上下二段組み400ページ超と比べれば軽いものだ。
次作の一部はすでに「SFマガジン」に掲載されている。今年の発行が今から待ち遠しい。田舎のありふれた書店でも未だに複数冊が店頭に並ぶ本作、待ち望む読者も多いだろう。
「スタートレック:ピカード」を観る ― 2020年02月01日 20:29
amazon primeで「スタートレック:ピカード」を観る。
もちろん、タイトルのピカードは、TNGシリーズ、エンタープライズD、Eの館長であったジャン=リュック・ピカードのことだ。
物語は劇場版スタートレックX、「ネメシス」の後の出来事となり、リブート版スタートレックで、こちら側の世界の出来事とされた、超新星爆発によるロミュランの母星崩壊を受けている。「ネメシス」の20年後、提督となり、その後の艦隊との意見の相違から退役、フランスでワイナリーを営んでいたピカードのもとに、ある女性が訪れるところから始まる。
ピカードことパトリック・スチュワートはすっかり年を取っているが、矍鑠とした威厳はさすが。TNGで老けメイクをした回があるが、現実にもその方向に齢を重ねているのが興味深い。ワイナリーでピカードの世話をしている夫婦の耳があの特徴的な耳、バルカン人かと最初は思ったが、それにしては表情が豊か、そこでロミュラン人であることがはっきりとわかる。その後、火星での惨劇やロミュランに対する救援活動とそれに関する混乱、人工生命としてのアンドロイドの処遇、データとピカードとの関係に根付いたピカードの行動原理などが手際よく伝えられる。シリーズのファンならすんなり入り込めるに違いない。
シーズン1は全10話だが、配信はまだ2話。だがすでにボーグ・キューブやピカードの疾病など、TNGとは切っても来れないボーグとロミュランの絡みが興味を引く。本国ではシーズン2の制作も決まったと言う。楽しみな番組だ。
もちろん、タイトルのピカードは、TNGシリーズ、エンタープライズD、Eの館長であったジャン=リュック・ピカードのことだ。
物語は劇場版スタートレックX、「ネメシス」の後の出来事となり、リブート版スタートレックで、こちら側の世界の出来事とされた、超新星爆発によるロミュランの母星崩壊を受けている。「ネメシス」の20年後、提督となり、その後の艦隊との意見の相違から退役、フランスでワイナリーを営んでいたピカードのもとに、ある女性が訪れるところから始まる。
ピカードことパトリック・スチュワートはすっかり年を取っているが、矍鑠とした威厳はさすが。TNGで老けメイクをした回があるが、現実にもその方向に齢を重ねているのが興味深い。ワイナリーでピカードの世話をしている夫婦の耳があの特徴的な耳、バルカン人かと最初は思ったが、それにしては表情が豊か、そこでロミュラン人であることがはっきりとわかる。その後、火星での惨劇やロミュランに対する救援活動とそれに関する混乱、人工生命としてのアンドロイドの処遇、データとピカードとの関係に根付いたピカードの行動原理などが手際よく伝えられる。シリーズのファンならすんなり入り込めるに違いない。
シーズン1は全10話だが、配信はまだ2話。だがすでにボーグ・キューブやピカードの疾病など、TNGとは切っても来れないボーグとロミュランの絡みが興味を引く。本国ではシーズン2の制作も決まったと言う。楽しみな番組だ。
「エターナル・フレイム」読了 ― 2019年11月10日 21:30
グレッグ・イーガンの「エターナル・フレイム」を読了。
「直交」三部作の第2部、前作で母星の滅亡を防ぐ方策を手に入れるために宇宙へ飛び出した「孤絶」コロニーでの出来事と、接近してくる脅威についての話が展開する。
電子がない、つまり電子技術がまったくない世界で、半物質や対消滅の概念を表現するのはかなり離れ業だが、それをストーリーの上で再現するのは見事。生存に空気は必要ないが、体熱の放出のために空気が必要という、植物系生命体の描写も興味深い。彼らの行動を縛るものとしての生殖及び一族の存続が、この作品では男性による女性への暴力的な支配につながるなど、女性に対する頑迷さは人類と変わらない。それでも才能のある女性たちは抑圧や差別を払いのけていく。最後には女性にとっては文字通り生死の問題である「出産」に関する大きな変革(いかにも植物系生命体らしい変革)がもたらされ、社会構造が大きく変わるであろうことを示唆してこの物語は幕を下ろす。
前作に比べ、閉鎖されたうえ資源も豊かではない「孤絶」での社会そのものへの言及が深まっており、ハードな科学考証に加えて抑圧に対する抵抗を描く場面が増加している。根本的に人類とは違う存在でありながら、こうも人間臭いキャラクターたちであることに、多少違和感は感じるが、あまりにも異質な世界と科学論考が多出する中で、そこがこの作品の親しみやすさにもつながるのだろう。
「直交」三部作の第2部、前作で母星の滅亡を防ぐ方策を手に入れるために宇宙へ飛び出した「孤絶」コロニーでの出来事と、接近してくる脅威についての話が展開する。
電子がない、つまり電子技術がまったくない世界で、半物質や対消滅の概念を表現するのはかなり離れ業だが、それをストーリーの上で再現するのは見事。生存に空気は必要ないが、体熱の放出のために空気が必要という、植物系生命体の描写も興味深い。彼らの行動を縛るものとしての生殖及び一族の存続が、この作品では男性による女性への暴力的な支配につながるなど、女性に対する頑迷さは人類と変わらない。それでも才能のある女性たちは抑圧や差別を払いのけていく。最後には女性にとっては文字通り生死の問題である「出産」に関する大きな変革(いかにも植物系生命体らしい変革)がもたらされ、社会構造が大きく変わるであろうことを示唆してこの物語は幕を下ろす。
前作に比べ、閉鎖されたうえ資源も豊かではない「孤絶」での社会そのものへの言及が深まっており、ハードな科学考証に加えて抑圧に対する抵抗を描く場面が増加している。根本的に人類とは違う存在でありながら、こうも人間臭いキャラクターたちであることに、多少違和感は感じるが、あまりにも異質な世界と科学論考が多出する中で、そこがこの作品の親しみやすさにもつながるのだろう。
「クロックワーク・ロケット」読了 ― 2019年09月02日 21:57
グレッグ・イーガンの「クロックワーク・ロケット」を読了。
√(時間^2−(距離/光速)^2) というのが、我々の宇宙での主観時間経過を表す式。この−が+に、つまり√(時間^2+(距離/光速)^2) が成立する世界が、この作品の世界だ。我々の世界では、速度が早まれば早まるほど主観時間は遅くなる計算だが、「クロックワーク・ロケット」の世界では、速度が早まれば早まるほど、主観時間は早く進むことになる。これにプラスして、この世界には「電子」がない。従って電気に類するテクノロジーがなく、コンピュータやモーターなどといったものもない。ロケットも同様で、文字通り化学と機械工学のみで作り上がられた「クロックワーク(時計仕掛け、機械仕掛け)」ということになる。
登場するのは当然エイリアン。外見はヒューマノイド状らしいが、もともとは植物由来の生物らしい。手足を自分の意志で増やしたり、収納したりできるし、目は前後に2ペアある。服を着る習慣はなく、訓練によって腹部に記号や文字を浮かべることができる。前近代的男尊女卑社会に見えるが、子育ては男の仕事。この種族の生殖のあり方がその社会構造に大きく影響を与えている。しかし、思考の形態や社会的視点は驚くほど人間と同じになっている。そうしないと感情移入できないのでやむを得ないが、ここは少々違和感を感じた。もっと異質であっても良いのではないか。
母星に迫る危機を回避するため、とんでもないスケールのロケットを打ち上げ、その速度で「逆ウラシマ効果」を狙い、ロケットの中で時間、つまり世代を増大させることで、危機を回避するテクノロジーを手に入れようと奮闘するのがこの話。主人公の女性エイリアンの一代記の形で進むストーリーはシンプルだが、異世界のハードな科学描写はなかなか歯ごたえがある。打ち上げ後も多事多難。次々と問題が起こってくる。
「直交三部作」の第一作であり、続編2作も後に続く。「白熱光」以上のボリュームとハードさで引っ張る力技はさすがだ。
√(時間^2−(距離/光速)^2) というのが、我々の宇宙での主観時間経過を表す式。この−が+に、つまり√(時間^2+(距離/光速)^2) が成立する世界が、この作品の世界だ。我々の世界では、速度が早まれば早まるほど主観時間は遅くなる計算だが、「クロックワーク・ロケット」の世界では、速度が早まれば早まるほど、主観時間は早く進むことになる。これにプラスして、この世界には「電子」がない。従って電気に類するテクノロジーがなく、コンピュータやモーターなどといったものもない。ロケットも同様で、文字通り化学と機械工学のみで作り上がられた「クロックワーク(時計仕掛け、機械仕掛け)」ということになる。
登場するのは当然エイリアン。外見はヒューマノイド状らしいが、もともとは植物由来の生物らしい。手足を自分の意志で増やしたり、収納したりできるし、目は前後に2ペアある。服を着る習慣はなく、訓練によって腹部に記号や文字を浮かべることができる。前近代的男尊女卑社会に見えるが、子育ては男の仕事。この種族の生殖のあり方がその社会構造に大きく影響を与えている。しかし、思考の形態や社会的視点は驚くほど人間と同じになっている。そうしないと感情移入できないのでやむを得ないが、ここは少々違和感を感じた。もっと異質であっても良いのではないか。
母星に迫る危機を回避するため、とんでもないスケールのロケットを打ち上げ、その速度で「逆ウラシマ効果」を狙い、ロケットの中で時間、つまり世代を増大させることで、危機を回避するテクノロジーを手に入れようと奮闘するのがこの話。主人公の女性エイリアンの一代記の形で進むストーリーはシンプルだが、異世界のハードな科学描写はなかなか歯ごたえがある。打ち上げ後も多事多難。次々と問題が起こってくる。
「直交三部作」の第一作であり、続編2作も後に続く。「白熱光」以上のボリュームとハードさで引っ張る力技はさすがだ。
最近のコメント