AT-PEQ3改造12016年01月11日 16:56

 時々アナログレコードを聴く。
 フォノイコライザーは必須なのだが、自作計画は滞ったまま、急場しのぎにaudio-technicaの廉価なフォノイコライザー、AT-PEQ3を使っている。カートリッジは以前から使っている、同じくaudio-technicaのAT-33-MCOCCで、昇圧トランスはLundahlのLL9206を以前格安で(確か1個が4ケタだったような…)購入し、ケースに収めたもの。

 このフォノイコライザー、廉価なわりに普通の音が出る。決して悪くない。所詮安物だから仕方ないというような音は出さない。もっともソースが「所詮このぐらい」であれば、そこも正直に出す。だからいい製品と言える。

 とは言え、聴きこむと若干不満が出てくる。人間の欲望は無限だから仕方がない。どこが不満かといえば、AT-33-MLOCCはタイトで高域は美しいが、低域もカチンと締まったインパクトで叩き出すことができるカートリッジなのに、そこが弱く感じる点。ちょっと聴きにはハイ寄りだが、実はきっちり低域も叩きだしてくるこのカートリッジのキモのようなところが物足りない。

 低域に力が欲しいとなれば、まず弄るのは電源というのが定石。たしかに廉価なこの製品、電源は見た目にも貧弱な感じのACアダプタだ。見ると15V200mA定格。このぐらいなら自作電源ができないかと、当初は可変三端子レギュレータ、LM317を使った安定化電源を考えた。

 しかし、AT-PEQ3は内部に78L15という三端子レギュレータを持っていることが判明。それなら電源部は整流+平滑回路だけで行けそうだ。予算削減のため、手持ちのパーツを探すと、S.E.Lの電源トランスSP121がある。2次側は12V-10V-8V-6V(CT)-1A。AT-PEQ3の実消費電流は20mA程度なので、電流容量は文句なしだが、電圧が不足。こういう場合は倍電圧整流回路を使えばよかろうと考えた。コンデンサは手持ちに4400μF/35Vが2本、同じく4400μF/25Vが2本。少々容量が大きいが、倍電圧整流回路は半端整流回路の2階建て電源で、リップルは大きめのはずだから、まあよかろう。平滑回路用の抵抗もあまり大きいと電源インピーダンスが高まるし、第一電圧降下もバカにならない。2段π型フィルタを構成するための抵抗2本は、コンデンサ容量の大きさを当て込んで、180Ω、1/4Wを2本で行くことにした。回路図は下のとおり。
AT-PEQ3電源回路
 当初トランス2次の10Vから整流して、セオリー通り10✕2✕√2=28.3Vを取り出し、π型フィルタの抵抗に20mAが流れるから、ここで7.2Vの電圧降下で最終出力電圧を21.1Vと考えてみたが、実測で約28Vが出力された。トランスの容量に対して取り出す電流が低すぎたのか、トランスの2次側電圧のゆとり分が残ってしまったようだ。このままAT-PEQ3に接続したところ、作動しない。どうやら78L15の過電圧保護が働いたようだ。コンデンサ容量も大きすぎるようだ。負荷を接続しないと、コンデンサに大量に電気がたまっているので、うかつに触れると危険。あまりの180Ωをそっと出力段のコンデンサに接続して、電気を逃してやらないと、修正作業にも移れない。
 そこでトランス2次側の取り出しを8Vに変更。計算値では8✕2✕√2=22.6V、電圧降下によって15.4Vとなるので、78L15の可動に必要な電圧を割る(3端子レギュレータの入力電圧は出力電圧+3V以上)はずだが、実測で約22Vが出力された。これをAT-PEQ3に接続すると無事作動。
 トランス一次側のヒューズは、2次側最大電流1A✕2次側最大電圧12V=12Wを入力電圧100Vで割って、1次側最大電流を求めると、0.12Aとなるので、これに近い125V0.2Aのものを入れた。稼働時にヒューズが切れることはなかったので、このままとした。

 さて、肝心の音の変化だが、こちらの目論見通り、AT-33MLOCCのタイトな低域がきちんと浮かび上がってきた。今回は手持ちパーツとケースを流用したので、費用は抵抗2本分(実際は10本パック)の数十円と、ACコンセント付きコード数百円ぐらいだった。AT-PEQ3と電源の接続は、実験段階なのでワニグチクリップで直接内蔵電源コンデンサに接続。EIAJ5規格のDCプラグが必要だが、これは手持ちにもなく、近隣でも購入できなかったので、次回のお楽しみ。

 なお、私はあくまでアマチュアであって、上記の回路と計算、設計が適切で安全なものであるかどうか、専門的に保証する能力は持っていない。この記事を参考にされるぶんにはいっこう構わないが、この回路を鵜呑みにして事故等が発生しても、一切の責任は負えない。万一、同一の電子工作をされる際には、あくまで自己責任のうえで。批判的チェックをお忘れなきようお願いしたい。

「ブリキの太鼓」読了2016年01月13日 21:42

 ギュンター・グラス著「ブリキの太鼓」読了。

 映画でも有名、作者も先日逝去し、再び脚光を浴びている作品。

 30歳になる、短躯の主人公、オスカル・マツェラートが、収容されている精神病院で看護師に語る半生という体裁。オスカルは精神的には非常に早熟だが、3歳の時から肉体の成長を止めてしまう(後に若干成長する)。その彼が語るのは祖母が母を身ごもる時点から。その時代背景はダンツィヒでのナチ政権前後。

 オスカルは超音波帯の声がだせるようで、これを使ってガラスを自在に破壊することができる(ただし教会のステンドグラスは破壊できなかった)。この特技で悪事を重ね、ブリキの太鼓を叩いて物語を語る。オスカルの心性はカトリックの洗礼を受けながら、悪魔に魅入られているようで、彼の行動は意図する,しないにかかわらず、周囲の自分の庇護者や愛するものを死に追いやっていく。

 オスカルは臭いフェチであり、成人としての精神活動をしながら、かなり粘着質で執着心が強く、子供っぽいこだわりと残虐性を持っている。悪漢といっていいだろう。しかしそんなオスカルが見つめる周囲の社会もまた醜悪で日和見的。みなどこか狂っている。ナチの狂気はその延長線上に君臨するかのようだが、オスカルは周囲の狂気を直視し、暴き出し、哄笑を浴びせる。発育異常であるオスカルは、当然ナチからすれば抹殺対象である。そんなオスカルが、悪漢であるがゆえにナチと対峙できる皮肉。一方で、そんなオスカルをかばい続けたマツェラートを、オスカルは結果的に、ナチが崩壊した時に侵攻してきたソ連兵に射殺させてしまう。悪漢には悲劇しか残されない。

 しかし作品は祝祭的な色彩を帯び、どことなく飄々と進む。読者へのフェイクもあり、猥雑で辛辣、深刻で滑稽、シリアスでファンタジック。ラストも開放的。読後の充実感は文句なしだ。

「わたしは英国王に給仕した」読了2016年01月21日 23:10

 ボフミル・フラバル著「わたしは英国王に給仕した」を読了。

 どこか飄々とした主人公の一代記。ファンタジックなようで、猥雑でもあり、ありえないようで、実は実話を下敷きにしていたりする、そんな不思議な物語だ。主人公が貧しい少年時代から、その短躯というハンデをものともせず、様々な、それも一風変わったホテルで働き、濡れ衣を着せられて解雇され、また転職する。

 時代は20世紀、場所はチェコ。ナチスに蹂躙され、共産主義独裁に翻弄されるチェコの中で、主人公は給仕長にのし上がり、ナチに身を置く恋人と結婚してチェコの同胞から白眼視され、戦後は妻が同胞から略奪した高額な切手を売って大金持ちとなり、自らホテルのオーナーとなり、そして共産主義独裁ですべてを失っていく。悲惨な人生のようだが、悲劇と喜劇が主人公を同時に襲い、決して重苦しい話にはならない。

 ラストシーンも含め、幻想的なシーンが多く、映像的にも素晴らしい。映画化もされているというが、宜なるかな。