「紙の動物園」読了2019年04月07日 23:25

 ケン・リュウの短編集「紙の動物園」読了。

 中国人としてアメリカで生きることの苦しさ、伝統的な世界が近代化によって失われていくことの寂しさ、母の愛の深さとそれを失った深い喪失感。純真さが引き起こす悲劇。AIの発達と不死、それにともなう選択の苦さ、寂しさ。そしてそれをすべて背負い、おのれを変貌させながら、たくましく生き抜いていく意志。

 日本人として身につまされるような歴史的事実も突きつけられるが、決してそれを非難しているわけではないのがわかる。だからこそつらい。

 そんな中で数編、いかにも中国らしいホラ話もあって、ホッとさせられる。それにしても、テクノロジーがいかに発達しようと、世界がいかに変貌しようと、人の心の奥底にあるものは不変だというスタンスが全作品に通底しているように思える。

 SFであろうが、ファンタジーであろうが、純文学であろうが、大衆文学であろうが、人の寂しさ、悲しさ、力強さを描くのに何の差があろうか。ジャンルによって文学の価値の高低を計るバカバカしさを痛感する。SFが、ファンタジーが、この作品の中のアメリカの中国人のように虐げられてきた歴史も、昔からのSF読みには重ね合わせてしまう。

 ケン・リュウの「母の記憶に」にも切なく悲しい母の姿が見える。母とはこれほどまでに愛情深く、強く、切ないものか。全ての母がそうなりきれるわけではないという現実もまた切ない。