「スタートレック beyond」鑑賞2016年11月11日 21:50

 「スタートレック beyond」を鑑賞。

 劇場版スタートレック3,4を本歌取りした作品。前作がスタートレック2を本歌取りしたのに続いて、順当かと。

 TOSからのキャストであったレナード・ニモイの死去の影響か、彼が演じたミスター・スポックの死が、リブート版スポックに伝えられる冒頭。誕生日を目前に、5イヤーズ・ミッション半ばで鬱状態のカークとそれを気遣うマッコイのバーのシーンは、スタートレック2を彷彿とさせる。

 そして、物語前半でエンタープライズの撃墜。スタートレック3の再来である。散り散りになったクルーの再会と脱出はスタートレック4あたりのコメディテイストも。

 ラスト近く、設定的にも無理があり、イージーな感じもするが、「ビート&シャウト」に乗った連鎖爆発シーンは爽快。のりの良さ、アクションの派手さは特徴的だ。伏線の回収も丁寧で、収まるべきところにすべてが収まるサービス精神も見上げたものだと思う。今回カークと行動をともにしたチェコフのオロオロぶりも良かった。チェコフ役のアントン・イェルチンの事故死は本当に残念な出来事だった。

 スタートレックは、もともと60年代の反戦主張をTVで放送させるための方便として生み出されたと言われている。マッカーシズム荒れ狂う最中であっても、SF仕立てにした暗喩にすれば、赤狩り連中もきっと理解できないはずだとの目論見は見事に的中した。今回の敵役は、かつての軍での栄光と勝利に固執し、パラダイムが変化したことを理解できず、変化することもできないキャラクターだった。保守右派政権に対する風刺と嫌悪はこの作品の屋台骨とも言えるが、そこは健在である。

 この作品が公開されたあと、アメリカはこの作品の目指すアメリカン・カウボーイの理想とは反対の選択をした。