春の憂い2023年03月19日 17:09

 春、3月の後半ともなると、またあの季節。

 朝から晩までいやでもどこかで耳に、目に入ってくる、未成年の球技大会。就職・進学につながるらしいし、世の中では視聴率の稼げるショーと化している。

 未成年の遊びを、どうして「遊び」にしておいてやれないのだろう。それに、そんなに「遊び」は悪いことなのか。人が生存するためには遊びは不要かもしれないが、遊ばない人生など豊かではない。遊びが遊びでなくなれば、せっかく豊かになった人生も、豊かな分が生存に引きずり込まれてまた貧しい人生になってしまう。

 胸張って「遊ぶ」社会ではない社会は貧しいし、ゆとりもない。ギスギスした社会では暴力もはびこる。

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