「荒野の用心棒」を観る ― 2019年08月11日 23:12
「荒野の用心棒」を観る。
セルジオ・レオーネ監督、クリント・イーストウッド主演とくれば、大作映画の構えだが、どちらもまだキャリア初期。マカロニ・ウェスタンの嚆矢として有名な作品で、テーマソングも有名。
それにしても、まさに黒澤明の「用心棒」の丸パクリである。現に著作権侵害で訴えられて負けているのだから、丸パクリと言われても仕方がない。それでもきちんと西部劇として成立しているのだから立派なものだ。もちろん古典的西部劇とはイメージの違う主人公なのだが、後の「ダーティハリー」もイメージさせるキャラクターで、これがイーストウッドの出世作になったのうなずける。原作の素晴らしさにキャラクターの魅力で翻案を成功させ、低予算でありながら、満足できる作品に仕上がっている。
なんだかんだと言いながら、オリジナルに深い愛情とリスペクトがあってこその成功なのだろう。
セルジオ・レオーネ監督、クリント・イーストウッド主演とくれば、大作映画の構えだが、どちらもまだキャリア初期。マカロニ・ウェスタンの嚆矢として有名な作品で、テーマソングも有名。
それにしても、まさに黒澤明の「用心棒」の丸パクリである。現に著作権侵害で訴えられて負けているのだから、丸パクリと言われても仕方がない。それでもきちんと西部劇として成立しているのだから立派なものだ。もちろん古典的西部劇とはイメージの違う主人公なのだが、後の「ダーティハリー」もイメージさせるキャラクターで、これがイーストウッドの出世作になったのうなずける。原作の素晴らしさにキャラクターの魅力で翻案を成功させ、低予算でありながら、満足できる作品に仕上がっている。
なんだかんだと言いながら、オリジナルに深い愛情とリスペクトがあってこその成功なのだろう。
「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」を観る ― 2019年08月12日 22:34
「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」を観る。
この作品のヒロイン、フローレンス・フォスター・ジェンキンスは、実在の人物である。史上最低のオペラ歌手として有名で、実は彼女のCDを持っている。たしかになかなかひどい歌で、キワモノ的な触れ込みにひかれて買ったと記憶している。
もともとフローレンスには高い音楽の才能があったようだが、初婚の相手から性病をうつされ、その治療の過程で抜毛、そして聴覚異常の状態になってしまったらしい。そんな彼女を全身全霊でサポートするのが二人目の夫、ベイフィールド。彼はあらゆる手段と金を使い、フローレンスに私的コンサートで歌わせ、悪評を彼女の耳に入れないように奮闘する。そんな彼らに引き込まれた若いピアニスト、マクムーン。
暴走するフローレンスはカーネギーホールでのリサイタルの手はずを自分で整えてしまう。当然ひどい歌なのだが、マクムーンにとっては、普通なら実現しそうもないカーネギーホールでの演奏。嬉々としてフローレンスの伴奏に取り組む。
最初にフローレンスの歌を聞き、あまりの酷さに抱腹絶倒してつまみ出された金髪の、いかにも品のない後妻の美女が、カーネギーホールでのフローレンスへの嘲笑にブチ切れ、観客に啖呵を切るシーンなど、フローレンスの人柄にひかれた多くの周囲の人間が、彼女を支えている。
本来歌手としても一級の能力の持ち主のメリル・ストリープが見事な音痴っぷりを演じるのも素晴らしい。ラスト近く、フローレンスは夢の中で「まっとうな」美しいアリアを歌うのだが、病気とその治療の後遺症で聴覚を歪められた彼女の頭の中には、本来ならこの美しい歌が鳴り響いていたのだろう。いつしか、彼女の周りの人々は、彼女の頭の中にしかない美しい歌を聞くようになっていたのではないかと思う。
いい映画だ。たとえヒットしなくても、これはいい映画だ。
この作品のヒロイン、フローレンス・フォスター・ジェンキンスは、実在の人物である。史上最低のオペラ歌手として有名で、実は彼女のCDを持っている。たしかになかなかひどい歌で、キワモノ的な触れ込みにひかれて買ったと記憶している。
もともとフローレンスには高い音楽の才能があったようだが、初婚の相手から性病をうつされ、その治療の過程で抜毛、そして聴覚異常の状態になってしまったらしい。そんな彼女を全身全霊でサポートするのが二人目の夫、ベイフィールド。彼はあらゆる手段と金を使い、フローレンスに私的コンサートで歌わせ、悪評を彼女の耳に入れないように奮闘する。そんな彼らに引き込まれた若いピアニスト、マクムーン。
暴走するフローレンスはカーネギーホールでのリサイタルの手はずを自分で整えてしまう。当然ひどい歌なのだが、マクムーンにとっては、普通なら実現しそうもないカーネギーホールでの演奏。嬉々としてフローレンスの伴奏に取り組む。
最初にフローレンスの歌を聞き、あまりの酷さに抱腹絶倒してつまみ出された金髪の、いかにも品のない後妻の美女が、カーネギーホールでのフローレンスへの嘲笑にブチ切れ、観客に啖呵を切るシーンなど、フローレンスの人柄にひかれた多くの周囲の人間が、彼女を支えている。
本来歌手としても一級の能力の持ち主のメリル・ストリープが見事な音痴っぷりを演じるのも素晴らしい。ラスト近く、フローレンスは夢の中で「まっとうな」美しいアリアを歌うのだが、病気とその治療の後遺症で聴覚を歪められた彼女の頭の中には、本来ならこの美しい歌が鳴り響いていたのだろう。いつしか、彼女の周りの人々は、彼女の頭の中にしかない美しい歌を聞くようになっていたのではないかと思う。
いい映画だ。たとえヒットしなくても、これはいい映画だ。
「山椒大夫」を観る ― 2019年08月17日 06:04
「山椒大夫」を観る。1954年の溝口健二監督作品。安寿と厨子王の話であり、原作は森鴎外となっている。
森鴎外の小説は民話の残酷シーンや報復シーンをごっそり切り捨て、姉弟や母子の情愛に重点を置いたものとなっている。虐められても仕返しはせず、母と再会できたことでめでたしめでたしとなる、良い子のお涙頂戴ものとなっており、教条主義、親孝行至上主義のような胡散臭さを感じた。鴎外の本職が軍医、つまり陸軍軍人であることも考え合わせると、素直に感動しづらいところもある作品である。
溝口版はそうした原作に対し、山椒大夫の残虐性を復活させている。また、姉弟ではなく兄妹と設定を変え、厨子王の未熟さ、自暴自棄になり、自分自身も山椒大夫側に立って残虐行為に手を染めるなどの弱さも描き出している。このあたりに第二次大戦後の視点を感じる。一般市民が戦争に巻き込まれ、その中で様々な恐怖を感じ、残虐行為に手を染めていく状況を簡潔に表していると言えるだろう。
安寿の入水は印象的なシーンだが、これみよがしな音楽もなく、静かに描かれている。ラストシーンは世界的にも有名だが、ここもまた静かなもので、静謐そのものだ。いまの安っぽいお涙頂戴演出は、わかりやすく感動ポイントに観客を誘導するが、そんなものは本当に必要なのか、この作品を見るとつくづくそう思う。
復讐譚も追加されているが、対権力構造での復讐はおとぎ話のようにスッキリとカタルシスを感じ取れるものとはなっていない。むしろ捨て身の共倒れだ。オリジナルの説話より一歩進んだ厳しいリアリズムが忍び込む。持仏も単に厨子王の身分証明としての意味としてしか機能しておらず、仏教説話的な色合いもない。戦争というこの世の地獄を見た視点はここでも健在だ。厨子王の復讐もまた結局は滅亡を生み出しただけであり、権力闘争の虚しさもはっきりと描かれている。
1954年は「七人の侍」「ゴジラ」も生まれた年。虐げられ、苦しめられた人々に寄り添いながら、痛みの記憶も生々しく、鎮魂と祈りと平和の回復、権力への怒りといったものが渦巻いていた時代の空気も感じられる。
森鴎外の小説は民話の残酷シーンや報復シーンをごっそり切り捨て、姉弟や母子の情愛に重点を置いたものとなっている。虐められても仕返しはせず、母と再会できたことでめでたしめでたしとなる、良い子のお涙頂戴ものとなっており、教条主義、親孝行至上主義のような胡散臭さを感じた。鴎外の本職が軍医、つまり陸軍軍人であることも考え合わせると、素直に感動しづらいところもある作品である。
溝口版はそうした原作に対し、山椒大夫の残虐性を復活させている。また、姉弟ではなく兄妹と設定を変え、厨子王の未熟さ、自暴自棄になり、自分自身も山椒大夫側に立って残虐行為に手を染めるなどの弱さも描き出している。このあたりに第二次大戦後の視点を感じる。一般市民が戦争に巻き込まれ、その中で様々な恐怖を感じ、残虐行為に手を染めていく状況を簡潔に表していると言えるだろう。
安寿の入水は印象的なシーンだが、これみよがしな音楽もなく、静かに描かれている。ラストシーンは世界的にも有名だが、ここもまた静かなもので、静謐そのものだ。いまの安っぽいお涙頂戴演出は、わかりやすく感動ポイントに観客を誘導するが、そんなものは本当に必要なのか、この作品を見るとつくづくそう思う。
復讐譚も追加されているが、対権力構造での復讐はおとぎ話のようにスッキリとカタルシスを感じ取れるものとはなっていない。むしろ捨て身の共倒れだ。オリジナルの説話より一歩進んだ厳しいリアリズムが忍び込む。持仏も単に厨子王の身分証明としての意味としてしか機能しておらず、仏教説話的な色合いもない。戦争というこの世の地獄を見た視点はここでも健在だ。厨子王の復讐もまた結局は滅亡を生み出しただけであり、権力闘争の虚しさもはっきりと描かれている。
1954年は「七人の侍」「ゴジラ」も生まれた年。虐げられ、苦しめられた人々に寄り添いながら、痛みの記憶も生々しく、鎮魂と祈りと平和の回復、権力への怒りといったものが渦巻いていた時代の空気も感じられる。
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