「蒲公英王朝記」読了2020年07月05日 21:46

 ケン・リュウの「蒲公英王朝記」巻ノ一、巻ノ二を読了。

 神々がまだ人の世に影響を与える、いずこともしれぬ島嶼国家、ダラ諸島。ティロウ国家と呼ばれる七国が覇を争い、果てしない戦乱が続く中、北西の果ての弱小国家ザナ帝国は、マビデレを王とし、ザナでしか産出されない水素のような気体を利用した大飛行船艦隊を建造、ダラ全土をザナ帝国に大統一し、戦乱の世を平定した。だがその後の内政に失敗、自身も老い、その死の後内政は一気に腐敗、反乱が勃発する。
 その反乱の中、マビデレに滅ぼされたかつての貴族、ジンドゥ家のフィンとその甥で武勇にすぐれたマタは豪胆と力でのし上がり、遊び人だったが人を惹きつける魅力に長けたならず者のリーダー、クニ・ガルは妻の助けも借りながら、多くの人脈を手に次第に勢力をまして…

 どこかで聞いたことがある話である。そう、話の大筋は「楚漢戦争」そのもの、俗にいう「項羽と劉邦」だ。マタ・ジンドゥが項羽、クニ・ガルは劉邦。ストーリーはほぼおなじみのものだが、オリジナルを知っているのならば、その相違(例えば、マタのおじであるフィン、つまり項伯の運命や、四面楚歌の扱い、項羽の最期とマタの最期の差、そしてなにより韓信の登場!)を楽しんで読むことも一興。その違いこそがケン・リュウのスタンスを明瞭にしている。やはり「紙の動物園」や「もののあはれ」のケン・リュウはここでも健在だった。また、女性に対するスタンスも「よい狩りを」を彷彿とさせるところもある。

 若い向きにはやれ「盗作」だの「ただの焼き直し」だのと見下す人もあるだろうが、それは了見が狭いというもの。なにせ中国、大人の国である。むしろ日本では教科書で「チンプン漢文」などと敬遠され、受験科目からも捨て去られようとしているコンテンツを換骨奪胎した上で、ツボを抑え、アップデートし、ポイントはきっちり掴んでエンターテイメントとして完成させ、現代に語り継いでいることの方に注目すべきだ。こうやって伝統をつなぐ努力をするのは敬意に値する。

 そもそも「ライオン・キング」や「スター・ウォーズ」に入れあげるくせに、「ジャングル大帝」も「隠し砦の三悪人(もちろん黒澤版だ)」もろくに見ていないようでは、ケン・リュウのこの試みを笑う資格などないではないか。

 続編がすでにアメリカでは発表済らしい。舞台はこの作品の5年後のダラ諸島の設定という。今度も中国古典に準拠するのか、それともまったくオリジナルになるのか、興味はつきない。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://crowfield.asablo.jp/blog/2020/07/05/9265230/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。