吉野家にからむ「不適切発言」2022年04月19日 21:47

 なんとも呆れ果てた「不適切発言」というより、完全に「暴言」である。若い女性に継続して吉野家を利用してもらうための戦略と称して、大昔のエロ小説かエロビデオ(わざとそう言っている。今は別の表現になっている)なみの、あのいやらしく下品極まりないオヤジ天国全盛期のような比喩を使ったという件だ。

 若い女性の継続利用を、依存性薬物中毒に例えたうえ、そうでもしないと若い女性は二度と利用しないとまで言ったという。そんなサービスしか展開していないのなら、女性ならずとも利用者は去る。そんな実態を内部告発でもしたかったのかといえば、自分の戦略を大学で講演している中での発言というのだから、内部告発などありえない。

 ここで2つの問題が浮かび上がる。まず、この発言を行った常務(元)は、自社のサービスを「理性を失った状態の顧客」でない限り、継続利用しない程度のものであると認識しているということ。自社の同僚あるいは部下に対する敬意などかけらもない。明らかに背任行為である。もう一つは、自分の所属する企業が提供するサービスが「依存性薬物」に例えられているということ。自社のサービスを反者会的な薬物に例えるなど、どうしようもない侮辱行為である。たとえ冗談と本人が言ったところで、そのような「冗談」をわざわざ選択するのだから、よほどの自虐性癖の持ち主でもない限り、本音の発露と考えられても致し方あるまい。吉野家の全社員が激怒しても当然の言い草だ。

 さらに「性的経験の少ない(あるいはない)女性」と限定して引き合いに出し、「依存性薬物中毒」状態におくという比喩には、性的な経験も含めた経験不足の女性の理性を剥奪し、支配下に置こうという概念が明確に表れている。現代では性的異常者の引き起こす犯罪と言うべき内容である。「若くて経験が多くない女性を、経験を積む前に理性を奪って支配してしまえ」という考えを、「企業戦略」の比喩として用いることの不適切さに気づかないのは、それが「当たり前」だと認識していることを表していると疑われても致し方ない。

 時代遅れのエロジイイ(むかしは「ヒヒジジイ」とも言っていた)なら喜びそうなたとえ話である。当該常務(元)は、早稲田大学の社会人講座にはそういう御仁が集まってくるとでも考えていたのだろうか。そうなら早稲田大学に対する侮辱でもある。もちろんその講座を受講しようとした人たちに対する侮辱でもある。それとも、社会人である受講者に、自分と一緒に「経験不足の若い女性」を「薬物依存状態」にして、いいように支配しようとでも語りかけたかったのだろうか。女性受講者も目の前にいたというのに。

 常務(元)は、聞けば成功者として著名だったと言われている。金も名声もあっただろう。つまりは「権力者」である。「経験不足の若い女性」を「薬物依存状態」にしようなどと発言する自分自身が、権力という危険極まりない薬物に「依存状態」となっていることを、無意識のうちに暴露していたのかもしれない。それともすでに依存が進み、腐敗状態となった常務(元)の腐臭が言葉として漂いだしたのかもしれない。

 権力という薬物に依存し、腐臭を撒き散らす人間の例は古今東西を問わず、枚挙に暇がない。どんな人間も、権力に身を晒せば、腐敗は免れない。学歴も、得点力も、家柄も、お構いなしだ。どんな小さな「権力」も、必ず人を腐敗させる。腐敗から逃れる方法は一つ。「権力」を極力遠ざけること。持ってしまった「権力」は、「依存」が始まる前に棄てるか、行使を極力避けること。「権力漬け」の末路は誰にとっても悲惨な結果となる。「権力」は一人では持つことができないからだ。

 私も激怒している。人としても、男としても。

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