不摂生の病人2018年10月23日 23:46

 不摂生で病気になった人に、節制して健康を保っている人間が収めた税金が回されて治療がおこなわれるのは不公平だということを言った人がいるらしい。

 お互いさまとか、助け合いとか、明日は我が身といった発想はお持ちにならない、心身ともに頑強かつ健康で、殺されても死なない割に、稼ぎに不満をお持ちの方なのだろう。言ってしまえば「しぶちん」である。

 強いもの、健康なもの、勝ち組こそが生き残る価値があり、それから外れたものには生存権はないとも取れそうな言い草だ。弱肉強食がモットーなら、人間の生み出した文明社会から撤収していただくのが理想の生き方ではなかろうか。

 確かに自業自得としか言いようのない不摂生病人は存在する。やれグルメだなんだかんだと食い物に注文をつけ、ブクブクと太りあがって生活習慣病に陥ったり、やめろと言われてもあれこれと小理屈をつけてタバコを突い続け、それが元でがんを発症し、それでもなお「因果関係は証明できない」と強弁するような人々に、元気で健康に気を配る人達のなけなしの稼ぎから吸い取られた税金や保険料が投入されることに、不愉快を感じることまで否定はできない(が、それを公然と主張するのはまた別)。

 だが、「死ぬまで働け」だの、「成果が出せないものは去れ」だの、「約立たずに払う給料はない」だの、「若いうちは朝から晩まで働いて仕事を覚えるものだ」と、ろくに仕事も指導せず、職員育成も放棄して「即戦力」だのと虫のいいことを言い続ける連中に、身も心もボロボロにされながら、それでも生きていくために働かなければならない労働者の、ずさんな労務管理からくる「不摂生」までひとくくりにされたのではたまらない。

 今の「資本主義」は「お金が一番、人間二番(ならいいが、もっと下かも)」だ。こうしないと経営が成り立たないという発言すら臆面もなく聞こえてくる体たらく。心身両面にわたる「病人」を生み出しているのはいったい誰か。