「マルタの鷹」を観る2018年06月12日 00:14

 久しぶりに「マルタの鷹」を観た。

 以前観たのはもうずいぶん前のこと。正直言ってあまりピンとこなかった。会話が多く、おまけに早口。なんだか最初から最後までまくし立てて終わったようなイメージで、消化不良を起こしてしまった。

 今回はそういうこともなく(歳を取って少しは賢くなった?)、最後まで楽しむことができた。原作の分量から考えて100分程度の映画はどう考えても短すぎる。大胆なカットと早口セリフは、まるでSPレコードに無理やり曲を収めるためにリピートをカットしてハイペースで録音するような感覚だったのだろう。もしかしたらこの映画には、当時のSPレコード作成のノウハウが反映しているのかもしれない。とすれば、配信主流で事実上エンドレス収録が可能となった現代では、もうこういう大胆なハイスピード映画は作りにくくなったのかもしれない。

 派手なアクションもなく、主人公はドライで、聖人君子ではなく、金に汚いところがあると世間では思われている。キャストはみんな悪党で、互いに馬鹿し合い。そして頭が切れすぎる主人公は、最後に辛い選択を迫られる。

 相棒が殺されたら、男は、探偵は黙ってはいられない。最後のこのセリフが、不敵に笑いながら実は怒りに燃える主人公の行動理由。そのためにはどんな非情な手段も厭わない。もちろん自分自身が傷ついても。こういうダンディズムを具現化する俳優とくれば、やはりハンフリー・ボガートのはまり役ということだろう。犯罪の解決には必ず苦い現実がつきまとう。ハードボイルドの基本を確立した作品。

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