「ブータン 山の教室」を観る2022年08月03日 23:29

 「ブータン 山の教室」を観る。2019年のブータン映画。パオ・チョニン・ドルジ監督作品。

 ミュージシャンとしてオーストラリアに単身移住の夢を持ち、大学卒業後のお礼奉公としての5年間の教師生活には全く身が入らない、問題教師の主人公、ウゲン。あまりの不熱心さに、とうとうブータンの北の辺境、ルナナへの転勤を命じられる。

 このルナナ(実際に存在するらしい)が、なんとも凄い辺境。首都からバスで半日以上移動した上に、それから7日間歩いて移動しないとたどり着けない。ヘタレのウゲンはもうヘロヘロだ。そんなウゲンを村は総出で出迎える。電気も満足に供給されないこの辺境の村で、早速ウゲンは村長に、とてもこんなところではやっていけない。もともと教師なんてやめる気だったとボヤく。そんなウゲンを村長は叱るでもなく、仕方ないとウゲンの帰りの準備を始めてしまう。とはいえ、7日もラバと移動してきた直後のこと、ラバも人も休まなければ帰りの旅には出られない。

 翌日、学校(もちろん小学校だ)の委員長の少女、ペム・ザムが寝坊したウゲンを起こしにくる。とりあえず学校にいくウゲンだが、教室には黒板もない。しかし子どもたちの目はいきいきとして、意欲的だ。そんな姿にウゲンの心は動き始める。ウゲンはどうやら教師に向いていないどころか、とんでもなくいい教師の資質を持っていたらしい。村人も子どもたちも、ウゲンを受け入れ、愛し、慕うようになる。おそらくは彼の前任者よりも。

 村の大人も子供の教育に大きい期待を寄せている。村長は「先生を大事にしなさい。なぜなら先生は未来に触れることができる人だからだ」と村民に教えている。ウゲンはやがて、子どもたちに、そしてルナナの雄大な自然に心奪われていく。

 しかし、辺境の村は冬は雪で閉ざされ、外界と遮断される。冬が来る前にウゲンは村から帰るか、ひと冬村で過ごすかの選択を迫られる。そして、オーストラリアへの渡航ビザが降りたと連絡が届く…

 王道中の王道のようなストーリーだが、子どもたち、村人たち、そして自然の美しさがその王道をしっかり支えている。したり顔のスレた批評など、この作品の前では虚しい。ラスト、ウゲンの歌はなんとも気の抜けた「ビューティフル・サンデー」から、ルナナの民謡に切り替わる。その民謡がどのように周囲に伝わるか、そこはエンディングとなって提示されない。そういう終わり方もまた定番中の定番。基本に忠実な教科書的な映画ともいえるが、その定番が少しもイヤにならない。素朴な世界、素朴な心には、素朴で基本に忠実な、小細工のない作品がよく似合う。

 そしてなんといっても印象的なのが委員長のペム・ザム。子どもと動物には勝てないというのがドラマの常識だが、まさにそのとおり。これもまた王道中の王道。横綱相撲で寄り切ったような、清々しい、いい映画だ。こういう作品で頭の中をきちんとリセットしたいと、心からそう思える。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://crowfield.asablo.jp/blog/2022/08/03/9514721/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。