「音楽は自由にする」を読む ― 2023年06月04日 16:44
「音楽は自由にする」を読む。坂本龍一が2009年に発表した自伝の文庫化。
示唆に富む内容が多かったが、おそらく聞き書きが基本なのだろう。非常に読みやすい。注も充実しているので、YMOすら知らない若い世代にも向いているだろう。
東京芸大の作曲科に入学しながら、美術科の方に魅力を感じ、またそちらのほうが最先端の音楽に明るい人材が多かったという内容は大きな示唆に富んでいる。芸術にせよなんにせよ、アカデミズムに取り込まれると先端や最新の動きから切り離されてぬくぬくと過去の資産にあぐらをかき始めてしまう。そしてそんな安寧という名の惰眠を貪る連中をよそに、世界はどんどん先に進んでいく。坂本が魅力を感じた少ない芸大の教師たちもまた、先端を走り、アカデミズムの外でしっかりと地保を固めた人材というところも面白い。
人生の大きな転機は出会いである。これもこの自伝で顕著に見えるところ。YMOも、メリー・クリスマス・ミスター・ローレンスも、そしてラストエンペラーも、出会い(そして困難)がなければ生まれなかった。そして、狙ったものはうまくいかず、無心になったときに何かがやってくるというのも興味深い。
含羞の人なのだろう。ときに過去の自分を露悪的に表現することもあるが、嫌味がない。というより、自分の未熟さや傲慢さを的確に把握し、ブレることなく指摘しているのだから、あざとさや飾りっ気が感じられない。トークが苦手らしいのもFM放送で知っていたが、過去の自分に対する厳しい目、どこか常に自分を突き放している冷静さのようなものが言葉を重くしていたのかもしれない。
どこか自己否定があり、人間や社会への否定のスタンスがあった時代から、次第にそれを受け入れ、てらいもなく表現できるようになった時点でこの自伝は生まれたのだろう。
端々に重い指摘を軽やかに提示した自伝。
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