「コーダ あいのうた」を観る2023年01月03日 10:56

 「コーダ あいのうた」を観る。2021年のアメリカ・カナダ・フランス合作映画。というより、2014年のフランス映画「エール」のアメリカ版リメイク。いろいろと評判になっていた作品だが、少々この「リメイク」というのが気になって腰が引けていた。

 手堅く、いい話にまとめてある。この作品単独であればなんの問題もなく、いい作品ということになるだろう。基本軸はオリジナルとほぼ同じであり、予想をいい意味で裏切って、ちゃんとしたリメイクになっている。普通の良質のアメリカ映画といっていいだろう。

 だが、いかんせん、リメイクである。オリジナルの「エール」を観てしまっている以上、やはりオリジナルとの比較なしでは語れない。

 農業が漁業に変更されている。そこで主人公一家のトラブルが発生するわけだが、ここにはオリジナルにはないアメリカ映画的な盛り上がりが演出されている。しかし、このトラブルが唐突な感じを
与えてしまう。今更そこをトラブルにするのかという疑問が頭をよぎってしまう。

 オリジナルでは主人公の弟のませガキが、口は悪いが妹思いの責任感のあるマッチョな兄になっている。主人公の親友が彼と深い仲になるのは同じだが、この変更のおかげで、冒頭のクリニックの伏線が完全に壊れてしまっている。この部分に限らず、性に対するスタンスは明らかにオリジナルのほうがあっけらかんとしている。どちらかと言えばリメイク版は日本の性の受け止め方のスタンスに近い。だからかえって主人公の両親はリメイク版では「お盛ん」な夫婦といった感じに受け取られてしまう。

 オリジナルでは政治的な色合いが強かった父親の行動も、リメイクでは漁業営業権の問題、つまり漁師が直接魚介類を販売するという、どこかのテレビドラマ(実話がベースだが)と似たような設定に変わっている。このあたり、オリジナルの障碍を持つ人の政治参加という意識はリメイク版には薄い。母親が依存度の高い自立しきっていない存在になっているので、オリジナルのように外交的でテキパキと物事をこなすという存在感が強くないのも残念。

 主人公のライバル的な彼氏の存在感も圧倒的にリメイク版は希薄。だから主人公の劣等感はひたすらいじめのトラウマに限定されている。音楽教師もちょっと風変わりな熱血教師。オリジナルが持っているエキセントリックで屈折した、それでいていいところをさらっていく憎めない教師と比べて陰影が浅い。

 そして…残念ながら肝心の歌が…これはもうオリジナルにはかなわない。決して下手ではない。上手いのだが、声量、音程、声の深さ、ともにオリジナルには及ばない。もともと漁船の上で大声で歌っているリメイク版には、自分の本当の声の力を初めて引き出されてパニックに陷るといったオリジナルの持つ衝撃はない。

 よくできたリメイクだが、変更点が功を奏するというより、オリジナルの持つ陰影をやや平坦にして口当たり良くしているように感じた。その根底には、ヨーロッパの歴史や文化の重みと、それに比べてアメリカの歴史や文化の軽さとがあるようにも感じる。ヨーロピアンコーヒーとアメリカンコーヒーの違いのようなものか。

 気軽に、口当たり良く感動を味わいたいときにはリメイク版が、一歩引いていろいろと考え、じっくり味わい時にはオリジナル版が、それぞれいいのではないだろうか。