「カセットテープ・ダイアリーズ」を観る2023年01月09日 00:30

 「カセットテープ・ダイアリーズ」を観る。2019年のイギリス映画。

 イギリスの田舎町、寂れて閉塞感漂い、移民に対する人種差別や極右団体が闊歩する、1980年代サッチャー政権下の社会が舞台。新自由主義で肥大化して疲弊したイギリス社会に大鉈をふるったサッチャー政権だが、その弊害は大量失業と貧富拡大、それにともなうポピュリズムやナチ的思想の広がりを生んだ。そのあたりの空気が伝わってくる。

 主人公はパキスタン移民の少年。子供の頃から毎日日記をつけ、高い知性と文章力をもっているが、高圧的というより封建的な家父長制家族の中では萎縮しており、自分の能力に自信も持てていない。近所に住むミュージシャンの卵の友人に詩をかいているが、生真面目すぎて今ひとつ受けが良くない。

 学校でもムスリムのパキスタン人の居場所は少ない。そんなとき、シーク教徒の友人と出会い、ブルース・スプリングティーンの曲を勧められる。閉塞感への抵抗や自立、家族や友人、恋人への尊敬を歌う普遍性を持つスプリングティーンの曲は、すでに主人公の世代からは古いと思われていたが、主人公は「ドハマり」する。

 そんな彼が高校でひょんなことから文才を教師に認められることになる。やけになって書き溜めた文章を捨てたところ、その中の一枚の極右団体への怒りを書いた紙が隣人の白人の老人の手に渡ると、老人はかつてナチスとの戦争に従軍した経験を語り、主人公を激励する。

 スプリングティーンの曲の歌詞を散りばめながら、主人公の成長と自立が描かれるが、それは親の世代との確執や反発ともつながっていく。主人公の恋人もまた、両親の差別的で他者への理解や寛容性のないありように反発し、政治活動にのめり込んでいる。主人公もまた父親と大きな溝を作ってしまう。

 実話がもととなっている作品だが、やはり大きな力をもっているのはブルース・スプリングティーンの曲。時にこれはスプリングティーンの曲をつかったミュージカルではないかと錯覚するほど。

 世代が変わり、社会が変わり、分断と不和が蔓延しても、希望をもって苦しい日々を乗り越えていこう、そういうメッセージがロック・ブルースにのって伝わってくる。人の心の奥底にある日常の叫びは、時代が変わっても、表現が変わっても、国や人種が違っても必ず響き合う、そういう感覚を持たせてくれる。そしてラストの清々しさは、青春映画の定石とはいえ、すばらしい。