「白熱光」読了2018年02月18日 22:58

 グレッグ・イーガンの「白熱光」を読了。

 奇数章と偶数章とで、別々のストーリーが展開しているわけだが、偶数章の舞台設定が奇数章でなされていたり、偶数章全体が実は奇数章の舞台設定に大きく関与していたりと、有機的な構造になっている。

 奇数章は遥か遠未来の人類社会「融合世界」で進行する。この世界では、物理世界と電脳世界が完全に融合し、人格主体は電脳世界にある。当然肉体は必要に応じて、一種のアバター的な存在として作り上げられる。この辺はイーガンの「ワンの絨毯」あたりのイメージか。「融合世界」には、電脳世界で生まれた知性もDNA起源の存在もみな平等。このあたりは「ディアスポラ」を彷彿とさせる。

 一方、偶数章は「スプリンター」と呼ばれる、小惑星を繰り抜いた内部世界で暮らすエイリアンの話。このエイリアン、1センチほどの虫型で、生理機能は人類とはまったく違う。そのくせ思考や感情的な部分はやたらに人間臭い。ロバート・L・フォワードの「竜の卵」に登場するチーラ人や、さらに遡ってハル・クレメントの「重力の使命」に登場するメスクリン人あたりを彷彿とさせるが、イーガン作品の流れを考えれば、「ひとりっ子」あたりのAIのイメージも感じる。

 圧巻はなんと言っても偶数章。ブラックホール降着円盤の内部に合った「スプリンター」が他の物質との衝突で軌道を変え、危機が迫る。その危機を乗り越えるために「スプリンター」人たちが駆け上っていく幾何学、数学、物理学についての記述は、ニュートン力学から相対論、微積分等々、我々にも馴染みのあるものばかりなのだが、この記述をほとんど専門用語なし、数式も(作中で数式が使われている描写はあるものの)なしで説明している点。だから、大まかな概念がわかっていれば、逆に「スプリンター」人がどんな科学レベルに到達し、どうやって危機を避けようとしているのか、その結果、どんな新たな謎が生まれるのかが追体験できる。この辺のワクワクした感じは、J・P・ホーガンの「星を継ぐ者」とも通じるものだ。

 奇数章も最後には文化侵略についての考察が入り、文化衝突とその文化に属する人格のありようについての問題が提起される。ラストの奇数章の主人公の選択は、やはり「融合世界」の住人ならではのものだろう。

 読みやすいとは言えない(とくに「スプリンター」の地理的なイメージをとらえるのはハードルが高い)が、じっくり読むことができる作品だ。ちなみに巻末開設には、この作品がよく受けている誤読4点が指摘されている。どれぐらい誤読に引っかかってしまうか、それもまた楽しい。

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