「地下鉄道」読了2018年03月06日 00:29

 コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」を読了。

 1830年代、一人の女性黒人奴隷、コーラの逃亡劇。南北戦争以前の南部の地獄のような黒人奴隷の生活や、残虐な仕打ちがありありと描き出される。作品はフィクションではあるが、事実をもとに綿密な取材をベースに描かれている。だが、極端に露悪的になることもなく、また、人権思想を声高に叫ぶこともなく、ドライに、エンタテインメント性も十分に備えている。

 コーラ以前に脱走したコーラの母メイベルの話が、コーラの意識につねにある。母を憎み、憧れる矛盾した内面が、コーラのキャラクターを陰影あるものにする。そして、末尾近くの短い章で、なんともやりきれない気持ちにさせられる。

 コーラを追うのは奴隷狩りのリッジウェイ。粗暴にして孤高、凶暴にして公正。メイベルを取り逃がした彼はコーラの捜索に執念を燃やすが、それは奴隷制擁護のためでもなければ、白人至上主義ですらない。そこがリッジウェイに魅力を与えてもいる。

 奪った土地を専有するものは、つねに奪還の恐怖に怯え、自己を正当化する理屈を作り上げては、それに抵触するものを完膚なきまでに残酷に破壊し、殺戮する。この作品ではそれはアメリカの白人であり、また、白人同士、そして時には黒人同士の間にも起こる惨劇となる。この作品が描く破壊と殺戮は、じつはアメリカのみならず、全世界、全ての人類に普遍の残虐性なのだろう。

 そして、その残虐性を捨て去るのも、増長させるのも、学問を通じ、経験を通じて人の思考が生み出す理屈である。

 重い話ではある。だが、エンタテインメントとしても完成されている。それに、現実には暗号でしかなかった「地下鉄道」を、リアルなインフラとして設定し、それが作品全体のシンボルとして機能しているなど、面白さも十分だ。

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